前後の休職の通算と就業規則
最近では、メンタルヘルス不調によって休職中の従業員がいるケースが多くなっています。2010年9月に独立行政法人労働政策研究・研修機構が公表した「職場におけるメンタルヘルス対策に関する緊急調査」(中間集計結果)によると、メンタルヘルスに問題を抱えている正社員がいると回答した事業所の割合は55.6%となっています。
ただし、同調査において過去1年間に連続1カ月以上休職又は退職した正社員がいると回答した事業所の割合は26.2%になっています。
以下では私傷病による休職を前提としますが、最近ではメンタルヘルス不調の従業員に対する処遇の決定にあたり、制度設計や運用が問題となるケースが増加しています。
そもそも休職制度を設けるか否かは会社の任意ですが、休職制度を設ける場合には就業規則の相対的記載事項(「当該事業場の労働者のすべてき適用される定めをする場合」(労働基準法89条10号))の一つとして就業規則に記載することが必要と解されています。
休職制度の本質については、以前“休職制度と労働法(その1)”に書きましたが、一言でいえば「解雇猶予措置」です。
原則論で言えば、従業員は会社と労働契約を締結し、労働を提供する義務を負っているので、完全な労務の提供ができない場合は債務不履行として契約の解除(解雇)が検討されることになります。休職制度は、これを一定期間猶予するものとしての意義を有しています。
メンタル不調の場合の場合、一旦症状が回復して、職務を軽減した形で復職するように配慮しても、その後再発し休職が必要となるケースも多いという特徴があります。
そのため、就業規則の休職制度に関する定めにおいて、休職期間を通算する規定を設けておいた方がよいと考えられ、実際に通算規定がおかれているケースが多いのではないかと思います。問題は、通算期間をどのくらいに設定するのが妥当かです。
「就業規則の法律実務 第2版(石嵜信憲 編著)」(P-257)では、規程の例として以下のように記載されています。
1 従業員が復職後6カ月以内に同一ないし類似の事由により欠勤ないし通常の労務提供をできない状況に至ったときは、復職を取り消し、直ちに休職させる。
2 前項の場合の休職期間は、復職前の休職期間の残期間とする。ただし、残期間が3カ月未満の場合は休職期間を3カ月とする。
従来の私傷病休職制度は、基本的に再発するような疾患を前提としていなかったため、通算期間は1カ月や2週間となっているケースもあります。メンタルヘルス不調の場合休職が繰り返されるケースが多いですが、通算期間が短すぎると休職が繰り返されても休職期間を通算できないことになってしまいます。
休職制度の本質は、前述のとおり「解雇猶予措置」ですので、就業規則上、休職期間満了をもって自然退職となる旨が定められているのが一般的だと考えられます。もちろん、休職期間が合理的な長さである必要はありますが、その期間経過後、復職できないようであれば退職とするというのが争いになる可能性が低いと考えられるので、会社としては退職してもらうのであればその流れで退職してもらいたいというのが本音だと思います。
ところが、通算規定の間隔が1カ月とされていた場合、1カ月と数日で再び欠勤し休職が必要となったとすると、新たに就業規則で定められている休職期間の休職を認めなければならないという可能性が出てきます。
そもそも就業規則上一定の場合に「休職を命ずることがある」というような規定になっていれば、基本的に休職は労働者の権利ではないので休職を認めなければならないということはないので休職を認めず、就業規則に定められているであろう「身体又は精神の障害等により業務に耐えられないと認められたとき」というような普通解雇の規定に従い解雇扱いすることも可能だと考えられます。
ただし、このような理屈でいくと争いになる可能性が高まり、また解雇なので会社としても合理的な理由等をきちんと説明できるようにしておかなければなりませんし、手続き要件もきちんと満たす必要があります。
そう考えると、会社としては通算可能期間をなるべく長く設定したいということになりますが、どこまで認められるのかが気になります。例えば、「休職をしたことがある場合、前回の休職期間を通算するものとする」というように、どれだけ期間が空いても無制限に通算するとされていれば、20年前の休職期間と新たな休職期間2週間で休職期間を満了したから自然退職というのが可能なのでしょうか?
ここで参考になるのが、「野村総合研究所事件」(東京地裁平成20・12・19)です。このケースでは、変更前は3カ月以内の休職が通算されるとされていたのものが、変更後は「欠勤後一旦出勤して6カ月以内、または、同一ないし類似の事由により欠勤する時はその期間を前後通算する」という旨の規定に変更されていました。
訴えを起こした従業員は、この変更が不利益変更にあたるとして、旧就業規則の適用を受けることを要求しました。
上記の事例では、期間が延びているだけでなく、なんと類似の事由による場合はリセットされないという規程になっています。
そして結論としては、この事件では上記の変更は不利益変更にあたるものの、必要性と合理性を有しているので変更は有効と判断されました。
この事例からすれば、「欠勤後一旦出勤して6カ月以内、または、同一ないし類似の事由により欠勤する時はその期間を前後通算する」という定めも可能と考えられます。
ただし、類似の事由により通算する場合で休職期間がほとんど残っていない場合であっても、解雇権の濫用といわれないようにするためには、3カ月くらいは休職を認めるという配慮は必要だと考えられます。
なお、「心理的負荷による精神障害等に係る業務上外の判断指針」では、「対象疾病の発病前おおむね6か月の間に、客観的に当該精神障害を発病させるおそれのある業務による強い心理的負荷が認められること」が判断要件の一つになっていることから、6か月あれば新たな要因による疾病が発症しうると考えることもできるので、労使間のバランスという観点でいえば3カ月位にすることも考えられます。
結局のところ、どこまでリスク回避を優先するかということですが、リスク回避を優先するのであれば、一方でメンタルヘルス対策についてきちんと取り組まないと従業員のモラル・モチベーションを低下させるだけかもしれません。
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