残業の自己申告制について(その1)
ここ数年、残業代の未払を請求する動きが活発化しています。ここ1、2年ブームをむかえていた利息の過払金請求が終息に向かいつつあるため、次の飯の種として弁護士や司法書士の矛先が未払残業代に向かい始めることが予想されます。
屋内勤務者の場合で、会社にいた時間を労働時間として残業代を支給しているようなケースであればあまりリスクはないと思いますが、残業については自己申告制を採用しているケースも多いようです。
使用者が自己申告制を採用する理由としては概ね以下のような理由によるようです。
①いわゆるホワイトカラーの労働者は、工場労働と異なりその成果が必ずしも時間に比例するものではないため厳格な労働時間の管理になじまない。
②従業員には、一定の自主性あるいは裁量をもって作業を行わせていると思っている。
この場合、会社にいた時間(休憩時間を除く)=労働時間とならないため、両者の差分が潜在的なリスクとなります。
ここでまず、確認しておかなければならないのが「労働時間の適正な把握のために使用者が講ずべき措置に関する基準」(平成13年4月6日基発339号)です。
この基準は冒頭で、「労働基準法においては、労働時間、休日、深夜業等について規定を設けていることから、使用者は、労働時間を適正に把握するなど労働時間を適切に管理する責務を有していることは明らかである。」と始まり、「しかしながら、現状をみると、労働時間の把握に係る自己申告制(労働者が自己の労働時間を自主的に申告することにより労働時間を把握するもの。以下同じ。)の不適正な運用に伴い、割増賃金の未払いや過重な長時間労働といった問題が生じているなど、使用者が労働時間を適切に管理していない状況もみられるところである。」と続きます。
この基準が発表されて10年が経ちますが、特に中小企業においては、実態はあまり変化していないのではないのではないかと思います。
同基準において、使用者が講ずべき措置としては以下のものが掲げられています。長くなりますが重要なので転載しておきます。
労働時間の適正な把握のために使用者が講ずべき措置
(1)始業・終業時刻の確認及び記録
使用者は、労働時間を適正に管理するため、労働者の労働日ごとの始業・ 終業時刻を確認し、これを記録すること。
(2)始業・終業時刻の確認及び記録の原則的な方法
使用者が始業・終業時刻を確認し、記録する方法としては、原則として次のいずれかの方法によること。
ア 使用者が、自ら現認することにより確認し、記録すること。
イ タイムカード、ICカード等の客観的な記録を基礎として確認し、記録すること。
(3)自己申告制により始業・終業時刻の確認及び記録を行う場合の措置
上記(2)の方法によることなく、自己申告制によりこれを行わざるを得ない場合、使用者は次の措置を講ずること。
ア 自己申告制を導入する前に、その対象となる労働者に対して、労働時間の実態を正しく記録し、適正に自己申告を行うことなどについて十分な説明を行うこと。
イ 自己申告により把握した労働時間が実際の労働時間と合致しているか否かについて、必要に応じて実態調査を実施すること。
ウ 労働者の労働時間の適正な申告を阻害する目的で時間外労働時間数の上限を設定するなどの措置を講じないこと。また、時間外労働時間の削減のための社内通達や時間外労働手当の定額払等労働時間に係る事業場の措置が、労働者の労働時間の適正な申告を阻害する要因となっていないかについて確認するとともに、当該要因となっている場合においては、改善のための措置を講ずること。
(4)労働時間の記録に関する書類の保存
労働時間の記録に関する書類について、労働基準法第109条に基づき、3年間保存すること。
(5)労働時間を管理する者の職務
事業場において労務管理を行う部署の責任者は、当該事業場内における労働時間の適正な把握等労働時間管理の適正化に関する事項を管理し、労働時間管理上の問題点の把握及びその解消を図ること。
(6)労働時間短縮推進委員会等の活用
事業場の労働時間管理の状況を踏まえ、必要に応じ労働時間短縮推進委員会等の労使協議組織を活用し、労働時間管理の現状を把握の上、労働時間管理上の問題点及びその解消策等の検討を行うこと。
この基準では、前述の通り「自己申告制(労働者が自己の労働時間を自主的に申告することにより労働時間を把握するもの。以下同じ。)の不適正な運用」という問題が生じているという認識にたっているので、自己申告制については「自己申告制によりこれを行わざるを得ない場合」として例外的な位置づけとなっています。
この労働時間把握義務が使用者にどのような影響を及ぼすのかという事例の一つとして、京電工事件(仙台地判平成21年4月23日 労働判例(産労総合研究所)No.988)があります。
この事件では、会社がタイムカードで打刻された時間に対して残業代を支払っていなかったことに対し、以下のような判決が下っています。
Xが勤務時間後も会社内に残っていたときは、パソコンゲームに熱中したり、事務所を離れて仕事に就いていなかった時間が相当あることが窺われるが、労働基準法は、賃金全額支払の原則をとり、しかも、時間外労働、深夜労働及び休日労働についての厳格な規制を行っていることに照らすと、使用者の側に、労働者の労働時間を管理する義務を課していると解することができる。Yにおいては、その管理をタイムカードで行っていたのであるから、そのタイムカードに打刻された時間の範囲内は、仕事に当てられたものと事実上推定されるというべきである。仮に、その時間内でも仕事に就いていなかった時間が存在するというのであれば、Yにおいて別途時間管理者を選任し、その者に時計を片手に各従業員の毎日の残業状況をチェックさせ、記録化する等しなければ、上記タイムカードによる勤務時間の外形的事実を覆すことは困難というべきである。
要は、タイムカード以外に労働時間を管理するものがなければ、タイムカードの打刻時間をもって未払残業代を算定しなければならないと言われる可能性があるということです。
なんかまずい気がしてきた方はいないでしょうか?
それでは、そもそも「労働時間」とは何かですが、長くなりましたので次回以降に譲ります。
日々成長