残業の自己申告制について(その3)
前回の続きです。
本題に入る前に、インターネットの検索で「未払残業代」と検索してみてください。弁護士等々の広告がたくさん表示されていませんか?未払残業代に問題がありそうだと感じる方は、試しにいくつか弁護士等のサイトを見てるといいのではないかと思います。
今後請求ブームがやってくるかもというのは大袈裟ではないと感じてもらえるのではないでしょうか。
残業の自己申告制を採用している場合で、未払残業代の問題が生じる典型的なケースは、従業員が実際の作業時間に比してかなり少ない時間で申告をしてきている、あるいはルール上残業する場合には申請が必要なのに申請してこないので残業はないとして残業代を支給しないというようなケースではないかと思います。
そしてこのような場合、使用者は残業が発生している事実に気づいているのが普通であると思います(争いになったときに何と主張するのかは別として。)。
そこで、自発的残業を放置するのは黙示の残業命令となるのかが問題となります。
この点、労基法は、行政取締法であり罰則付きの刑事法規なので、同法違反を構成するには明白に違反する事実の立証できる使用者の行為である必要があります。
労働基準法第32条第1項は、「使用者は、労働者に、休憩時間を除き1週間について40時間を超えて、労働させてはならない。」と使用者が作為行為を禁止しています。
しかしながら、判例(静岡県教育委員会事件・最高裁昭和47年4月6日判決)は、時間外労働に関する業務命令は「積極的な意思発動を意味するものである。」としつつも、「そこには、一定の形式によらなければならない特段の要請があるわけではないから、右命令は、常に明示的になされなければならないものではない」としており、ここから「黙示の残業命令」という考え方が生じます。
ただし、上記のとおり労基法は使用者の作為行為を禁止しているので、黙示的なものであっても使用者の意思表示に基づくものと認められるものでなければなりません。つまり黙示の意思表示である必要があります。
では、「黙示の意思表示」と認められるのはどのような場合かが問題となりますが、単に労働者が職場に居残って残業しているという事実のみではなく、客観的に残業が必要であった状況が認められなければならず、加えて「労働させた」と推認できる諸事情が必要となります。
つまり、残業自己申告制の場合において、本人が申告しなかったものとして上司が時間外労働を知りながら放置したという事実から黙示の時間外労働の指示と認められるというものではなく、時間外労働をせざるを得ない客観的事情があるか否かが重要な判断材料となります。
参考になる判例としては、とみた建設事件(平成3年4月2日 名古屋地裁判決)があります。この判例では、「時間外労働といえども、使用者の指示に基づかない場合には割増賃金の対象とならないと解すべきであるが、原告の業務が所定労働時間内に終了し得ず、残業が恒常的となっていたと認められるような場合には、残業について被告の具体的な指示がなくても、黙示の指示があったと解すべきである。」とされ、客観的に残業が必要な状況がある場合には、黙示の指示があったものと取り扱われています。
つまり、業務命令に加えて以下のような状況が加わると黙示的に時間が労働の命令があったものと取り扱われる可能性が高いということになります。
①仕事の状況、内容からみて客観的に時間外労働が必要であったこと
②従来の慣行、同種事案についての取扱い等からみて、使用者が時間外労働を承諾するであろうことが客観的にみて推定される場合
③業務上の必要性に基づく時間外労働が慢性的となり、労働者にとって当然の義務化としていると認められる場合
特定部門のほとんどの従業員が遅くまで残業している場合には、上記③に該当する可能性が高く、未払残業代というリスクは高いと考えられます。
リスクを低減するためにはどうしたらよいかですが、以下のようなことが考えられます。
①まずは、「労働時間の適正な把握のために使用者が講ずべき措置に関する基準」によれば、「自己申告により把握した労働時間が実際の労働時間と合致しているか否かについて、必要に応じて実態調査を実施する」ことが求められていますので、実態調査を行いリスクの度合いを把握し、対応の必要性の度合いを測ることが必要だと思います。
加えて、毎日の作業内容(作業量)を適時に把握し、所定労働時間では足りない量の作業量ではないかを検討することも必要だと考えられます。
②遅くまで会社に残っている人を強制的に帰宅させる。(昔の金融機関では、上司の手前一度会社を出て、しばらくして会社に戻り仕事をしていたというような話を聞いたことはありますが・・・)
③裁量労働制の対象業種は裁量労働制の導入を検討する。ただし、裁量労働者といえるのかについては十分に検討する必要があります。
④労基法上の裁量労働者とは言えないが、ある程度自由に作業を行わせた方が効率性があがるプログラマーのような場合は、休憩時間の与え方を検討することも考えられます。基本的に、作業していない時間まで未払残業代を請求しようとする人は少ないと考えられますので、ある程度自由に休憩をとれるようにして、実作業時間を申告させ残業代を支払うという方法も一考の価値はあるのではないかと思います。ただし、組織風土によっては、マイナスに作用することもあるので、十分に検討する必要があると思います。
⑤本質的な解決にはなりませんが、一定時間数分の残業代込の給与体系に変更するという方法もあると思います。労働者からすれば、効率的に作業して一定時間数以下に残業時間数を抑えようとするインセンティブが働くという利点がありますが、実際の残業時間数が一定時間数を超えるのが常態であるとするとあまり意味はないかもしれません。
払うべきものを払って利益を出すというのが理想ですが、現実はなかなかそう簡単にはいきません。ただし、従業員の犠牲の上に成り立っている利益は、長期的には継続しないと思いますし、従業員が増えれば未払残業代の問題が遅かれ早かれ出てくることになります。
従業員と良好な関係を築いていれば、労働問題が生じるリスクは低くなりますが、いつまでもそれに甘えていてはいることはできませんので、時期をみて問題の解決あるいはリスクの低減に取り組む必要があるのではないかと思います。
日々成長。