無対価吸収分割の会計処理-親会社から100%子会社
親会社の事業の一部を会社分割によって100%子会社に承継させる場合という場合、無対価による吸収分割が行われることがあります。この場合の会計処理が今回のテーマです。
1.無対価による吸収分割って認められるの?
組織再編関連の処理を日常的に行っている人にとっては、「無対価による吸収分割」と聞いても全く違和感はないのかもしれませんが、一般的には分割した事業に対する対価として子会社から株式ないし現金等を受領しなくていいの?と考えるのではないかと思います。
そこで、「何故このような処理が認められるのか」から確認することにします。
一言でいえば、親会社と100%子会社で財布は一つであると考えられるため無駄な手続きは省いても問題ないということになります。
まず、親会社が会社分割によって100%子会社に一定の財産を移転(吸収分割)した場合、親会社の財産は減少するものの、一方で子会社株式の価値がその分増加するので親会社(分割会社)およびその株主に実質的に不利益はありません。
そして、仮に子会社が親会社に何らかの対価を交付しなければならないとした場合、子会社が親会社に対して株式を発行し、その後子会社が株式併合を実施して吸収分割前の株数に戻せば結果として無対価で吸収分割を実施したのと同じ効果を得ることができます。
したがって、「無対価による吸収分割」を認めることに一定の合理性があると考えられます。
会社法上も、758条1項4号において、「吸収分割承継株式会社が吸収分割に際して吸収分割会社に対してその事業に関する権利義務の全部又は一部に代わる金銭等を交付するときは、」と規定しており、「金銭等」を交付しない場合があることを前提にしているとされています。
2.上場会社の注意点
上場している親会社が100%子会社に会社分割により事業等と移転する場合には注意が必要となります。
なぜならば、金融商品取引法の有価証券の「募集」とは、株主が50人以上の開示会社(有価証券報告書提出会社)である吸収分割会社や新設分割会社に株式を交付する場合も含まれている(金商法2条の2第4項1号、4条1項参照)ためです。
このため、たった1株を開示会社である親会社1社に交付するだけであっても、移転する純資産が1億円以上であると分割承継会社あるいは新設会社で有価証券届出書の提出が必要となります(金商法2条の2第4項1号、4条1項参照)。
いったん、有価証券届出書を提出すると、その後毎事業年度ごとに有価証券報告書の提出が必要となります(金商法24条1項、5項)(「親子兄弟会社の組織再編の実務」(金子 登志雄 著 P-220参照)
3.会計処理
(1)子会社(吸収分割承継会社)の会計処理
①資産および負債の受入の処理
子会社では、親会社から受け入れる資産及び負債を、分割期日の前日に付された適正な帳簿価額で計上する必要があります(企業結合適用指針203-2項(2)①、234項(1))。
「適正な帳簿価額」とは連結上の簿価を意味し、例えば、当該分割前に「子会社が親会社に資産等を売却しており、当該取引から生じた未実現損益を連結財務諸表上、消去しているときは、子会社の個別財務諸表上、連結財務諸表上の金額である修正後の帳簿価額により親会社の資産及び負債を受け入れる」(221項)ことになります。
特にそのような資産等がなければ、親会社における簿価で受け入れるだけとなります。
②増加すべき株主資本の処理
上記の仕訳で貸借差額は何になるかという問題です。
この点について、企業結合適用指針203-2項(2)①では、「吸収分割承継会社である子会社は、親会社で変動させた株主資本の額を、会社法の規定に基づき計上する」とされています。
「会社法の規定に基づき計上する」というのは、親会社が減少させた株主資本の各項目を引き継ぐことを原則としますが、親会社の資本金及び資本準備金は「その他資本剰余金」として引継ぎ、利益準備金は「その他利益剰余金」として引き継ぐという処理になります(適用指針437-2項なお書き)。
これは、会社法上、吸収分割承継会社が株式を発行していない場合には、資本金及び準備金を増加させることは適当ではないと解されていることによるものです。
なお、移転事業にかかる評価・換算差額等がある場合には、簿価で引き継がれます。
(2)親会社(吸収分割会社)の会計処理
親会社の会計処理としては、移転事業にかかかる株主資本相当額に基づき株主資本を変動させることになります。なお、減少させる株主資本の内訳は、取締役会等の企業の意思決定機関において定められた結果に従うこととされています(企業結合適用指針203-2項(2)①、233項、446項、自己株式等会計適用指針10項)。
なお、親会社が株主資本を変動させるにあたっては、移転事業に係る株主資本相当額から移転事業に係る繰延税金資産および繰延税金負債を控除しないことに注意が必要です。仮に子会社の株式を対価として受け取る場合は、移転事業に係る株主資本相当額から移転事業に係る繰延税金資産および繰延税金負債を控除する必要がある(企業結合適用指針226項、108項(2))という点と比較しておくとよいと思います。
したがって、親会社(個別財務諸表)での仕訳のイメージは以下のようになります。
<会社分割の直後に移転先の子会社の売却が予定されている場合の注意点>
上記のとおり、100%子会社に親会社が会社分割によって事業を移転し無対価とした場合、親会社では株主資本を変動させ子会社株式の帳簿価額は変動しませんが、実際には親会社から子会社に移転した事業価値分だけ子会社株式の価値は高まっています。
ここで、親会社が子会社株式に売却したとすると、当該分割事業に係る株主資本相当額が全額「子会社株式売却益」に反映される結果となります。つまり、当初から子会社の売却を予定していながら無対価で事業の移転(分割)を行うと、親会社の株主資本の一部を「子会社株式売却益」に転化させることが可能となってしまいます。
当初から子会社の売却が予定されているような場合は、必ずしも妥当な会計処理とは言えないため、無対価ではなく子会社株式を対価として受け取るという方法により、分割事業に係る株主資本相当額を子会社株式の帳簿価額に反映させるというような処理が妥当と考えられます。
日々成長