定額残業代未消化部分の翌月以降への繰越の可否-再考(その1)
随分前に“定額残業代の未消化部分の繰越の可否(SFコーポレーション事件)”というエントリを書きましたが、ビジネスガイド2012年1月号で「裁判例をふまえた定額残業代未消化部分の翌月以降への繰越の実務」という記事が載っていたので内容を紹介します。
同記事は、「「毎月定額」で、しかも超過分を翌月以降に「繰り越せる」という裁判所の判決(SFコーポレーション事件・東京地裁平21.3.27判決)が出たことから、定額残業代の繰越が可能なのではないかという議論が生まれている」として、弁護士の先生がポイントをまとめているものです。
1.定額残業代を認めた判例
定額残業代の未消化部分の繰越の可否についてなので、定額残業代という制度自体は有効であるという前提なのですが、以前書いた“定額残業代(その1)”などでは書いていなかった判例が取り上げられていたので紹介します。
その判例とは、セールス業務担当社員の時間外手当をセールス手当として支給していた事案である関西ソニー販売事件(大阪地裁昭63.10.26判決)で、「労働基準法37条は時間外労働等に対し一定額以上の割増賃金の支払いを命じているところ、同条所定の額以上の割増賃金の支払いがなされる限りその趣旨は満たされ同条所定の計算方法を用いることまでは要しないので、その支払額が法所定の計算方法による割増賃金額を上回る以上、割増賃金として一定額を支払うことも許される」というものです。
ここから、法所定の割増賃金額以上であれば、定額残業代も有効と解釈されていると解説されています。
2.未消化部分の繰越制度は認められるか
「雇用契約締結時の就業規則(周知していることが前提)の内容が法令に違反せず、合理的な労働条件が定められていれば雇用契約内容となり(労働契約7条)、当事者を拘束すること」になるので、「定額残業代の未消化部分の繰越制度の規程は①法令に違反しないこと、②合理的な労働条件であること(合理性があるか)の要件を満たしていれば有効となります。」
どのように法律構成をするかによって説明が異なるとして、定額残業代の繰越部分を翌月以降の残業代の前払いとして構成する場合と不当利得返還請求権と割増賃金請求権の相殺契約と構成する場合で検討されていますが、後者は問題があるとのことなので前者のみ簡単に触れることにします。
まず、上記2要件のうち①法令に違反しないことについてですが、どの債務を前払いするかを特定すれば債務の前払いは可能です。また、定額残業代の未消化部分を翌月以降の残業代の前払いと理論構成しても、残業代を前払いするにすぎないので労基法上の全額払いの原則や一定期日払いの原則に反するものではなく法令には違反していません。
次に②の合理性については、「就業規則の不利益変更の合理性と異なり、就業規則を置くことの企業経営・人事管理上の必要性があり、それが労働者の権利・利益を不相当に制限するものでないかという観点から合理性が判断される」として、「実際の支払額が労働基準法所定の計算方法による割増賃金額以上であれば、労働者の権利・利益を不相当に制限するものではないので、合理性はあります」としています。
ここでのポイントは、「合理性」というものが「労働者の権利・利益を不相当に制限するものでないかという観点から判断される」という部分ではないかと思います。以前のエントリでも書きましたが、定額残業代の未消化部分を繰り越すくらいであれば、割増賃金を毎月支給しても支払総額は変わらないように思いますし、労働者に効率的に働いてもらうというインセンティブもなくなるので経済的な合理性があるとは思えません。
3.定額残業代をめぐる従来の裁判例
定額残業代の方式としては、以下の二つのパターンがあるとして、それぞれ代表的な裁判例が紹介されています
①特定の手当を残業代として支払うパターン・・・関西ソニー販売事件
②基本給の中に定額残業代を組み込むパターン・・・小里機材事件(東京地裁昭62.1.30判決)
小里機材事件では「仮に、月15時間の時間労働に対する割増賃金を基本給に含める旨の合意がされたとしても、その基本給の内割増賃金に当たる部分が明確に区分されて合意され、かつ、労基法所定の計算方法による額がその額を上回るときはその差額を当該賃金の支払期に支払うことが合意されている場合にのみ、その予定割増賃金部分を当該月の割増賃金の一部または全部とすることができる」とされています。
そして、上記の小里機材事件の判例については、裁判所で定額残業代が争われるケースのほとんどで、労働者から引用され、かかる基準を満たしているかが検討されているそうです。
これを受けて筆者は、雇用契約書や給与明細書等にも注意をはらうことが必要としていますが、長くなったので続きは次回にします。
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