年金資産の期待運用収益率を見直す基準は?
消費税を一休みして、今回は年金資産の期待運用収益率を見直す基準についてです。
期待運用収益率は基礎率の一つです。そして基礎率については、退職給付に係る会計基準・同注解の注解10において、「割引率等の基礎率に重要な変動が生じていない場合には、これを見直さないことができる。」とされています。
したがって、「重要な変動」がどの程度のものを意味するのかが問題となります。
この点について、「退職給付会計に関する実務指針(中間報告)」の19項では以下のように規定されています。
当年度の退職給付費用の計算に用いられる期待運用収益率は、前年度における運用収益の実績等に基づいて再検討し、当期損益に重要な影響があると認められる場合の他は、見直さないことができる。
割引率については同18項において「期末の割引率により計算した退職給付債務が10%以上変動すると推定される場合」と一定の基準値が示されているのに対して、期待運用収益率については「当期損益に重要な影響があると認められる場合」という漠然とした表現になっているので困ります。
この点について、「キーワードでわかる退職給付会計」(有限責任監査法人トーマツ 公認会計士 井上雅彦著)では、「過去の実績等をもとに、必要に応じて「一定幅の補正」を行うことによって算定する場合には、期待運用収益率を見直さない年度もあるでしょうが、パフォーマンスが乱高下する昨今の状況下では、見直しを余儀なくされる年度も多いでしょう」とされていますが、「一定幅の補正」の程度については残念ながら言及されていません。
そこでまず、単に「当期損益に重要な影響があるか」という観点で考えてみることにします。
以下はNECの平成23年3月期の退職給付の注記の一部です。
さすがというか、年金資産の額は6716億円もあるそうです。ここで、仮に期待運用収益率が1%変動したとすると約67億円、0.5%の変動で約33億円の影響があるということになります。
平成23年3月期の税前損失が156億円なので、15億円(0.25%程度の変動)でも重要な影響があるとなってしまいます。
なお、平成22年3月期の税前利益は556億円ですが、この場合であっても33億円であれば約6%程度と重要な影響がないと断言できる水準ではないように思います。
このように考えていくと、業績がよさそうな年度は見直しが不要で、業績が落ち込んでくると毎期見直しが必要というような傾向になってしまうと考えられます。
しかしながら、そもそも期待運用収益率については、「退職給付に関する会計基準の適用指針(案)」において長期的な観点から見込まれる収益率であり、現行の基準でも同様であることが明らかにされています。
すなわち、99項において以下のように定められています。
長期期待運用収益率(第 25 項参照)の設定の際に考慮すべき事項については、改正前指針における取扱いを引き継いでいるが、年金資産が将来の退職給付の支払に充てるために積み立てられ、長期的に運用されている点を踏まえ、長期期待運用収益率の算定は、退職給付の支払に充てられるまでの期間にわたる期待に基づくことを明らかにした。 なお、これは従来の考え方を改めるものではなく、取扱いの明確化にすぎないため、会計方針の変更には該当しないことに留意が必要である。
このように考えると、長期的な観点から考慮される割引率の見直しの基準が参考になるのではないかと考えられます。
退職給付会計に関する実務指針の資料3で「期末において割引率の変更を必要としない範囲」が示されていますが、この平均残存勤務期間を「退職給付の支払に充てられるまでの平均期間」に、期首割引率を「現在の期待運用収益率」に読み替えることによって、変更不要な範囲を決定するということが考えられます。
例えば、現行の期待運用収益率が2.5%、退職給付の支払に充てられるまでの平均期間が20年だとすると、見直し不要な幅が2.1%~3%なので長期的に0.5%程度の変動が見込まれる場合には期待運用収益率の見直しが必要とするというように考えられます。
あとは、長期的な期待運用収益率をどのように見込むかですが、客観的に説明できるのは過去の実績しかないように思いますので、過去5年程度の運用実績の平均にするなど、各年度の凸凹をある程度吸収した上でなお運用実績がぶれそうであるということであれば、期待運用収益率の見直しをするという方法が考えられます。
日々成長