実務家が押さえておきたい労働関係裁判例(平成23年)-ビジネスガイド6月号
2012年のビジネスガイドに「実務家が押さえておきたい!労働関係裁判例(平成23年)の解説」という記事が掲載されていました。
この記事で紹介されている裁判例の内容は以下の6つとなっています。
(1)労働組合法(労組法)上の労働者性
(2)うつ病休職者の解雇
(3)高年齢者等雇用安定法(高年法)上の継続雇用措置
(4)過労死と企業経営者の責任
(5)産休・育休からの復職者の処遇
(6)就業規則の不利益変更に対する従業員の同意
今回は上記のうち(2)の「うつ病休職者の解雇」について内容を確認します。
この項目で取り上げれている裁判例は、「東芝(うつ病・解雇)事件(東京高裁平23.2.23労判1022号5頁)」です。
この判決のポイントは以下の2点とされています。
①うつ病を理由に休職していた従業員に対し休職期間満了を理由として行われた解雇が、当該従業員のうつ病は「業務上の疾病」に当たり、労基法19条1項の解雇制限に反し無効であるとした点
②業務上の疾病であるうつ病を理由とする休業につき、会社に民法536条2項の帰責事由があるとして、休業期間中の賃金請求権を認めた点
①を確認する前に、労基法19条1項を確認しておきます。
労基法19条は解雇制限を定めている条文で、労基法19条1項は以下のように規定されています。
使用者は、労働者が業務上負傷し、又は疾病にかかり療養のために休業する期間及びその後三十日間並びに産前産後の女性が第六十五条の規定によつて休業する期間及びその後三十日間は、解雇してはならない。ただし、使用者が、第八十一条の規定によつて打切補償を支払う場合又は天災事変その他やむを得ない事由のために事業の継続が不可能となつた場合においては、この限りでない。
つまり、業務上の疾病により休業している間は、原則として会社はその従業員を解雇することができないとになります。
雇が裁判で争われる場合、労働契約法第16条の解雇権濫用の法理で争われることが多く、今回のケースは労働基準法19条の解雇制限が適用された数少ない事例となっています。労働基準法19条の解雇制限が適用される事例が少ないのは、解雇制限の対象となる労働者が19条で明確に定められているので、その状況にある従業員を解雇して争いになるということが少ないためだと考えられます。
では、何故今回問題となったのか?
この事件では、使用者・労働者双方とも、うつ病について当初は私傷病と認識していたようですが、その後、労災保険給付に関し別に訴訟となり、当該従業員のうつ病が労災保険上、業務上のものであることが確定しました(東京地判平21.5.18判時2046号150ページ)。ちなみに、当該従業員は平成16年9月に解雇されていますので、解雇後に従業員のうつ病が労災保険上、業務上の疾病と認められたということになります。
そしてこの判例では、労災保険上の「業務上」と労基法19条の「業務上」は同じ意味と判断を示し、業務上の疾病により休業している期間に解雇されたのだから、解雇は無効ということになりました。
さて、会社にとって解雇が無効とされると経済的ダメージが大きくなります。
つまり、解雇が無効とされた期間について、賃金の支払いが必要となる可能性が生じます。
民法536条は、危険負担の条文で第2項には以下のように定められています。
「債権者の責めに帰すべき事由によって債務を履行することができなくなったときは、債務者は、反対給付を受ける権利を失わない。この場合において、自己の債務を免れたことによって利益を得たときは、これを債権者に償還しなければならない」
何のことだかわかりにくいですが、労働契約において、労働者は会社に対して労働を提供するという債務を負います。会社の立場からすれば、労働者に対して労働を提供しろという権利(債権)を有しているわけです。
つまり、労働者が労務の提供を行うことができなくなった原因が会社にあるのであれば、労働者は賃金(労働の提供に対する反対給付)を受けることができるということになります。
今回の事件では、「従業員が働く意思(労務提供の意思)を形成しえなくなったことについて会社に帰責事由があれば、民法536条の適用がある、と判示」しているとのことです。
これがおそろしいのは、民法536条2項の帰責事由が認められれば、休職中は無給と就業規則に定められていたとしても賃金の支払義務が生じるという点です。
うつ病を原因として従業員が退職後に労災認定がされたというようなケースは要注意と言えそうです。
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