未払残業の和解解決金は課税対象か?
2012年10月号の「税理」に「損賠賠償金等名義の金員の授受と課税所得・非課税所得の判断」という論文が掲載されていました。東日本大震災に伴う原子力発電所の事故による損害賠償金に関連して国税庁から文書回答がなされたことを受けて、最近ではよくあるテーマのようです。
損害賠償金等名義の金員の授受という観点では、個人的には、未払残業代をめぐって会社と従業員間で争いが生じ和解によって解決した際に支払われる和解金の取扱いをどのように考えるべきという点が以前から気になっていました。
そこで、この論文で取り上げられていた内容で参考になりそうな事項を取り上げます。
この論文では、一般的に損害賠償金や和解金名義で金員が支払われる場合、通常のものであれば、所得税法上の非課税所得とみなされ、課税関係は生じないはずであるが、過去の判例等では、損害賠償金等の性格を有していない等の理由で非課税ではないという判断が下されているケースが散見されると述べられています。
損害賠償金等の取扱いについて、所得税法9条1項17号では以下のように規定されています。
保険業法(平成7年法律第105号)第2条第4項(定義)に規定する損害保険会社又は同条第9項に規定する外国損害保険会社等の締結した保険契約に基づき支払を受ける保険金及び損害賠償金(これらに類するものを含むし)で、心身に加えられた損害又は突発的な事故により資産に加えられた損害に基因して取得するものその他の政令で定めるもの
そして、上記の「その他政令で定めるもの」については、所得税法施行令30条で以下のものが掲げられています。
①心身に加えられた損害につき支払いを受ける慰謝料その他の損害賠償金(1号)
②不法行為その他突発的な事故により資産に加えられた損害につき支払いを受ける損害賠償金で事業所得や雑所得等の各種所得としての性質をもたないもの(2号)
③心身又は資産に加えられた損害につき支払いを受ける相当の見舞金で事業所得等各種所得としての性質をもたないものや役務対価としての性格をもたないもの(3号)
上記をどのように解釈すべきかについては、立法経緯を確認することが有効として、昭和37年所得税改正時の立法経緯が紹介されています。詳細は割愛しますが、税制調査会の審議内容については以下の一文に集約されていると思います。
損賠賠償金等を損害が加えられた対象が心身であるか資産であるかに大別し(人的損害と物的損害)、心身の場合は計上される必要経費と損害賠償金を除き非課税所得とする一方、資産の場合は非課税所得の範囲に限定を加えている。
何故、人的損害と物的損害とで非課税所得の範囲に差が生じているのかについては、「人情の機微」を考慮した措置といわれているそうです。一方で、人的損害と物的損害の共通点は「損害の回復」である限りは所得税は課せられないという点であると指摘されています。所得税が課せられるのは文字通り「所得」に対してであり、損害の回復は所得には該当しません。
では、「所得」とは何か?と話が続きます。しかしながら、所得税法には「所得」とは何かという定義は存在しません。この点について、過去の判例の内容を勘案して「一定期間における純資産の増加をすべて所得と考えつつ、理論上は所得に包含されるものであっても政策的配慮等から実際には課税対象から外されているものがあるということである。」とまとめられてます。
この考え方でいえば、実損填補以外の損賠賠償金等で非課税とされるのは、「政策的配慮等」により非課税とされているということになりそうです。
この論文では別の所得概念が紹介されています。すなわち、「経済的所得がすべて所得となるのではなく、社会的な秩序のチカラによって、財産権の内容をなす経済的利益がその者の継続された事実的支配の裡にあって、担税力を認めうる程度にその利益を享受していると認められることによって課税適状を生じて、初めて所得となりうるとし、課税所得は、そのことによって当然に一定額の租税債務が発生する。そのために、課税所得は租税の支払能力(担税力)があり、かつ課税適状にあることを要することになる」というものです。
つまり「担税力」を有するかどうかが「所得」に該当するか否かを判断する際の重要な要素となり、この観点からすれば「受領者の心身あるいは財産に加えられた損害を補償する性格を有する金銭は、実質的にこれらの金銭を取得したとしても受領者は失われた利益を回復するだけで、これによって利得するわけではない。つまり、担税力を見出すことはできない。」と解説されています。
以上のような点から、未払残業代をめぐる労使間の紛争を和解によって解決し、支払われた紛争解決金の性質を考えてみると、少なくとも物的損害には該当しないと考えられます。では、心身に加えられた損害に対するものかというと、これは微妙なところです。
和解金という名目であるものの、その金額算定根拠が時間をベースに算定されているものであれば、単に残業代の支払にすぎず、給与所得と取り扱うのが妥当ということになりそうです。一方で、「和解」は紛争当事者が歩み寄ることにより成立するものなので、金額の根拠が曖昧であることも多く、会社がこの内訳をどのようにとらえているかはケースバイケースです。
つまり、完全に残業代見合いとして認識しているケースもあるでしょうし、残業代+早期解決のための上乗せと考えているケースもあるでしょうし、極端な例では会社側に残業していたという意識が全くないケースもあり得ます。
したがって、どう考えるべきかが微妙ですが、会社の立場からすれば、支払った金額はいずれにしても損金算入可能だと思いますので、後で源泉漏れを指摘される可能性があるくらいなら、給与所得としてしまうのが無難だと考えられます。あるいは、退職後の残業代請求で、金額が明確に定まらず交渉によって和解するのであれば、退職金があればその上乗せという形で解決するということも考えられます。退職金であれば、退職金と勤続年数によっては、退職所得控除が使えるため所得の課税所得の発生を抑えることができるかもしれません。
ただし、明らかな給与所得を退職所得に付け替えるというのは認められない可能性が非常に高いので注意が必要です。
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