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「定額残業代」の支給は「手当方式」と「組み込み方式」のいずれを採用すべきか?(その2)

”「定額残業代」の支給は「手当方式」と「組み込み方式」のいずれを採用すべきか?(その1)”の続きです。「定額残業代」を採用する場合の支給方法としては、「手当方式」の方が裁判所では認められる可能性が高いという弁護士の見解が示されていたという点は前回紹介したとおりですが、今回は関連する裁判例を確認します。

1.組み込み方式の裁判例

(1)テックジャパン事件(最一小判平24.3.8)
これは、組み込み方式の定額残業代に関する最高裁判決です。
この事件では、基本給を月額41万円としたうえで、月間総労働時間が180時間を超えた場合には、その超えた時間につき1時間当たり2560円を別途支払い、月間総労働時間が140時間に満たない場合にはその満たない時間につき1時間当たり2920円を控除する旨の雇用契約が結ばれており、この基本給に時間外手当が含まれるかが争点となったものです。

高裁では、以下の理由から月間180時間以内の労働時間の中に時間外手当が実質的に含まれるとして会社の主張が認められていました。

  1. 手取り額が高額であること
  2. 標準的な月間総労働時間が160時間であることを念頭に置きつつ、1カ月20時間を上回っても時間外手当は支給されないが、1カ月に20時間を下回っても上記の基本給から控除されないという幅のある給与の定め方を受け入れ、その範囲の中で勤務時間を便宜調整することを選択した
  3. このような雇用契約もそれなりに合理性を有する

実際に140時間~160時間の勤務時間がほとんどないという状況でなければ、上記2の理由はもっともだと感じます。単に労働者側に不利な条件となっているわけではなく、1年単位の変形労働制のようなものと考えれば、あってもよい気はします。

しかしながら、最高裁判決では、以下の理由から原判決を破棄し、高裁に差し戻しました。

  1. 時間外労働がされても、基本給自体が増額されるものではない
  2. 基本給の一部が他の部分と区別されて労働基準法37条1項に規定する時間外の割増賃金とされていたなどの事情はうかがわれないうえ、1カ月の時間外労働時間数は各月の勤務すべき日数により相当大きく変動しうるものであり、基本給について、通常の労働時間の賃金にあたる部分と割増賃金にあたる部分とを判別できない

そして、この最高裁判決では、櫻井龍子裁判官が以下のような補足意見を述べています。

  • 労基法は、37条違反に対して罰則を課している(法119条1号)。
  • 使用者が残業手当を支払ったか否かは、罰則が適用されるか否かを判断する根拠となる。
  • ゆえに法は、時間外労働の時間数およびそれに対して支払われた残業手当の額が明確に示されることを要請している。
  • 毎月の給与の中にあらかじめ一定時間(例えば10時間分)の残業手当が算入されているものとして給与が支払われる場合、①その旨が雇用契約上も明確にされていなければならないと同時に、②支給時に支給対象の時間外労働の時間数と残業手当の額が労働者に明示されていなければならないであろう。③さらには10時間を超えて残業が行われた場合には当然その所定の支給日に別途上乗せして残業手当を支給する旨も、あらかじめ明らかにされていなければならないと解すべきと思われる。
  • 補足意見は、合議体としての裁判所の多数意見に結論、理由ともに賛成する裁判官が、それに付加して自己の意見を述べるものですが、法的拘束力はありません。しかしながら、最高裁の考え方を示すものであり、上記の補足意見の中で、支給時に支給対象の時間外労働の時間数と残業手当の額が労働者に明示されていなければならないであろうと述べられている点には注意が必要です。

    つまり、定額残業代を組み込み方式で支給している場合、残業代部分が就業規則等から誰でも算出可能な状況となっていたとしてもそれだけでは不十分だと判断される可能性が高いということです。
    したがって、組み込み方式を採用している会社で、時間外労働時間や残業手当の金額を明示していない場合には、対応を検討したほうがよさそうです

    (2)小里機械事件(最一小判昭63.7.14)-労働時間表示方式

    この事件では、月15時間の時間外労働に対する割増賃金を加算して基本給とする旨の合意があったとの会社の主張に対し、裁判所は「仮に、月15時間の時間外労働に対する割増賃金を基本給に含める旨の合意がされたとしても、その基本給のうち割増賃金に当たる部分が明確に区分されて合意がされ、かつ労基法所定の計算方法による額がその額を上回るときはその差額を当該賃金の支払期に支払うことが合意されている場合にのみ、その予定割増賃金分を当該月の割増賃金の一部又は全部とすることができるものと解すべき」として会社の主張が退けられました。

    (3)類設計室事件(大阪地判平成22.10.29)-労働時間表示方式

    この事件では、週8時間分の固定時間外手当が基本給に含まれているとの会社の主張に対して、「給与明細上,基本給と時間外手当が明確に区別されているとはいえないこと、賃金規程上も固定時間外手当に関する規定は存在しない」等と判断し(上記小里機材事件の最高裁判決を引用)、会社の主張が退けられています。

    (4)三好屋商店事件(東京地判昭和63.5.27)-金額表示方式

    この事件では、会社は、倉庫係から営業係に配置換えとなったことに伴い、時間外手当の支給に代えて基本給・諸手当を増額支給したと主張しましたが,裁判所は、手当の増額部分の中には,「割増賃金の他に,倉庫係から営業係への職種変更にともなう賃金の変更部分も含まれていると考えられるが、両者を金額において確定し区分することができない」と判断し、会社の主張は認められませんでした。

    上記の裁判例からすると、組み込み方式の場合、労働時間表示方式であろうと金額表示方式であろうと、時間外労働時間および残業代が明確に区分されて労働者に明示されていないと、争いになった場合に会社は負ける可能性が高いということになりそうです。

    2.手当方式の裁判例

    (1)オンテック・サカイ創建事件(名古屋地判平17.8.5)-労働時間表示方式
    この事件では、業務推進手当に月45時間分の残業代が含まれるかどうかが争われたものですが、就業規則等で業務推進手当が月45時間分の残業代を含むものであることが明確とはなっておらず、職責手当の一つとして職務と遂行能力に基づいて支給されるものと認める
    のが相当として会社の主張が退けられました。

    (2)関西ソニー事件(大阪地判昭63.10.26)-金額表示方式

    この事件では、セールス業務に従事していた従業員に支給していたセールス手当(基本給の17%に当たる金額)が、定額残業代として認められています。
    この会社では、「就業規則附則2」で「セールス手当支給該当者は第13条(超過勤務手当)及び附則1(残務手当)は支給されません」と明確に規定されていたことから、会社の主張が認められています。

    結果的に、手当方式の場合も、定額残業代として認められるためには、時間外部分が労働者にも明確になっているという状況が必要といえます。

    定額残業代を採用している場合には、上記を踏まえて現状を再確認してみる必要がありそうです。

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