士業の必要経費をめぐる国税不服審判所の判断(その1)
T&A Master No.565に”士業の必要経費をめぐる問題で国税不服審判所が注目判断”という特集記事が掲載されていました。
士業の必要経費性については、弁護士会役員を務めていた弁護士の会の活動に係る懇親会費等の必要経費性を巡って争われた事件が記憶に新しく、この事案においては高裁判決によって納税者の勝訴が確定しています(東京高裁平成24年9月19日判決)。
今回の件を確認する前に、上記事件の内容を簡単に確認しておきます。
事実関係
当該弁護士は、日本弁護士連合会や東北弁護士連合会の役員等を歴任し、これら役員としての活動等に伴い懇親会費等を支出し、これらを事業所得の必要経費に算入し確定申告を行っていた。
懇親会費等の金額は年間約90万円程度(立候補費用等を除く)で、1回あたりの平均金額は2万円程度であった。
国の主張
所得税法37条1項に規定する事業所得に係る必要経費のうち、販売費や一般管理費のように特定の収入との対応関係を明らかにできないもの(以下「一般対応の必要経費」)に該当するか否かは、当該事業の業務内容、当該支出の相手方、当該支出の内容等の個別具体的な諸事情から社会通念に従って客観的に判断して、当該事業の業務と直接関係を持ち、かつ、専ら業務の遂行上必要といえるかによって判断すべきである。
弁護士は、弁護士会に入会し、日弁連の弁護士名簿に登録されなければならないが、弁護士会等の役員になることまでも義務付けられているわけではなく、弁護士会役員としての活動を弁護士個人が事業所得を得るための事業活動と同一視することはできず、弁護士会等の役員等として支出した懇親会費等は弁護士としての事業と直接関係をもつものとも専ら弁護士としての事業の遂行上必要な支出であったとも認められない。
また、個々の支出については以下のように主張されています。
納税者の主張
弁護士にとって、弁護士会に入会し、日弁連に登録することは、弁護士の業務の開始及び存続の要件であり、日弁連及び弁護士会の会務活動は、弁護士制度と弁護士に対する社会的信頼を維持し弁護士の事務の改善に資するものである。したがって、会務活動は、弁護士としての業務のために必要かつ不可欠なものであり、弁護士業務の重要な一部であり、弁護士の事業活動そのものである。そして、所得税法37条に定める一般対応の必要経費については、その文言及び性質上、支出と収入の直接関連性は必要とされていないから、会務活動に伴う支出は、いずれも必要経費に該当するというべきである。
副会長への立候補に要した費用は、弁護士の業務について支出した費用であり、所得税法37条1項に定める一般対応の必要経費である。
会務活動に係る支出は、弁護士の会務活動が弁護士業務そのものであるから、これに伴って支出した費用は弁護士の業務について支出した費用として、一般対応の必要経費に該当し、会務に伴って行われる懇親会費等の飲食費の支払についても、機関決定に基づく懇親会や出席が必要な会合に出席して支出したものであるから、一般対応の必要経費に該当する。
高裁判決
一審では国側の主張が認められましたが、最終的に確定した高裁判決では以下のように述べられています。
弁護士会等の役員等としての活動が「事業所得を生ずべき業務」に該当しないからといって、その活動に要した費用が弁護士としての事業所得の必要経費に算入することができないというものではない。なぜなら、弁護士会等の役員等として行った活動に要した費用であっても、それが弁護士として行う事業所得を生ずべき業務の遂行上必要な支出であれば、その事業所得の一般対応の必要経費に該当するということができるからである。
弁護士会及び日弁連は、弁護士等及び弁護士会の指導、連絡及び監督に関する事務を行うことを目的とするものであり、東北弁連は、仙台高等裁判所の管轄区域内の弁護士会の連絡及びこれらの弁護士会所属会員相互間の協調、共済並びに懇親に関する事項等を行うことを目的とするものである。そして、弁護士会等は、弁護士法に定められている弁護士の資格審査又は懲戒についての事務を行うほか、本件訴訟に提出された証拠から認められるだけでも、平成16年度から平成17年度にかけて、国選弁護報酬や民事法律扶助制度への補助金の増額に関する国会議員等への働きかけ、弁護士倫理の遵守を目的とした弁護士職務基本規程の制定、弁護士新人研修制度の充実のための資料作成、弁護士補助職認定制度の創設に向けた準備等の活動を行っており、これらが弁護士の使命の実現並びに我が国の社会秩序の維持及び法律制度の改善のためであることはいうまでもない。
また、弁護士となるには日弁連に備えた弁護士名簿に登録されなければならず、弁護士名簿に登録された者は、当然入会しようとする弁護士会の会員となり、弁護士は、当然、日弁連の会員となるとされているとおり、弁護士については、弁護士会及び日弁連へのいわゆる強制入会制度が採られている。そのため、弁護士が、弁護士としての事業所得を生ずべき業務を行うためには、弁護士会及び日弁連の会員でなければならない上、弁護士会等の役員等は、その団体の性質上、会員である弁護士の中から選任するのが一般的である。少なくとも、仙台弁護士会、東北弁連及び日弁連の役員並びに仙台弁護士会常議員会の常議員は、会則等において、その会員である弁護士の中から選任することとされている。要するに、上記のような弁護士会等の活動は、すべてその役員等に選任された弁護士が現実に活動することによって成り立っているものである。
そして、弁護士会等は、独自に資産を有し、会員や所属の弁護士会から会費を徴収すること等により、その活動に要する費用を支出しているものの、そのすべてを弁護士会等が支出するものではなく、弁護士会等が支出しない分は、弁護士会等の役員等に選任された個々の弁護士が自ら支出しているのが実情である。
以上によれば、弁護士会等の活動は、弁護士に対する社会的信頼を維持して弁護士業務の改善に資するものであり、弁護士として行う事業所得を生ずべき業務に密接に関係するとともに、会員である弁護士がいわば義務的に多くの経済的負担を負うことにより成り立っているものであるということができるから、弁護士が人格の異なる弁護士会等の役員等としての活動に要した費用であっても、弁護士会等の役員等の業務の遂行上必要な支出であったということができるのであれば、その弁護士としての事業所得の一般対応の必要経費に該当すると解するのが相当である。
上記のような判断を下したうえで個々の支出については以下のようにしています。
→その費用の額が過大であるとはいえないときは、社会通念上、その役員等の業務の遂行上必要な支出であったと解するのが相当。
→これらの懇親会等が特定の集団の円滑な運営に資するものとして社会一般でも行われている行事に相当するものであって、その費用の額も過大であるとはいえないときは、社会通念上、その役員等の業務の遂行上必要な支出であったと解するのが相当。
→二次会の出席は個人的な知己との交際や旧交を温めるといった側面を含むといわざるを得ないから、必要経費に算入できない。
→立候補するために不可欠な費用であれば、その弁護士の事業所得を生ずべき業務の遂行上必要な支出に該当するが、投票権を有する者に対して自らの投票を呼び掛ける活動に要した費用は、その活動を弁護士会等の活動と同視することはできず、弁護士として行う事業所得を生ずべき業務と密接に関係しているものと認めることはできない。
また、日弁連事務次長への香典は、日弁連を代表して支出したというようなものではないため、必要経費に算入できない。
まとめると、弁護士会の会務は事業所得を直接生じさせる業務ではないものの、弁護士として行う事業所得を生ずべき業務に密接に関係するものであると認められるので、会務活動の遂行上必要な支出であれば、収入との直接関連性がなくとも必要経費に算入が認められるということになると考えられます。
さて、本題ですが、随分長くなってしまったので、国税不服審判所の判断については次回とします。
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