痴漢行為で略式命令を受けた社員を諭旨解雇にするも、弁明の機会を与えないのは懲戒権の濫用
日本の労働法では労働者の解雇が難しいというイメージがありますが、2年くらい前に厚生労働省が公表した「雇用指針」によれば「日本においては、行政機関への相談件数をみても一定数の解雇が行われていることが確認できる」とされています。
解雇をしたものの訴訟になって、結局会社側が敗訴するのでは解雇ができるとはいえませんが、訴訟にまでなったケースでも、同指針では「最終的に判決に至った事案では、認容判決と棄却・却下判決の割合は、ほぼ同程度」とされていますので、一概に解雇が難しいとはいえないというのが現状のようです。
そのような中、労政時報第3909号の「労働判例SELECT」で、東京地下鉄事件(東京地裁 平成27.12.25判決)という事案が取りあげられていました。
結論としては、電車内で痴漢行為をしたとして略式命令を受けた社員に弁明の機会を与えずになされた諭旨解雇は、懲戒処分としては重きに失し、懲戒権の濫用に当たり無効との判決が下されています。
この事案では、痴漢行為による東京都の迷惑防止条例違反の嫌疑で身柄を拘束された労働者は、警察では早く釈放されたい一賃で本件行為をしたと供述したものの、実際には本件行為は行っていない旨を上司に報告したとのことです。
痴漢行為は冤罪であることを証明するのが非常に難しいと言われており、早く釈放されたいという一心と略式命令で罰金程度ですむからといわれ、痴漢行為を行っていなくとも、痴漢行為を行ったと認めてしまうことも多いという話はよく聞きます。
実際、このケースでも略力命令で罰金20万円という結果になっていますが、略式命令は駐車禁止違反などとは異なり、前科はつくという点は電車を利用される方は覚えておいた方がよいのではないかと思います。
そして、当該従業員が略式命令を受けた後、会社は当従業員を諭旨解雇とし、これに対して当該従業員は解雇を無効として、地位確認等の請求を行うに至りました。
さて、上記の通り、最終的にこの解雇は無効との判決が下されたわけですが、裁判所がそのように判断した理由は以下のようなものです。
- 本件行為は許されない行為であるものの、本件行為に対する処罰の根拠規定が定める法定刑が6か月以下の懲役または50万円以下の罰金であることを考慮すると、略式命令で罰金20万円の支払いにとどまっているので、悪質性は比較的低いと考えられる。
- 本件がマスコミ等で報道されたことはなく、その他本件行為が社会的に周知されることはなかったことから、会社の企業秩序に対して与えた悪影響の程度は大きなものではなかった。
- 当該従業員の勤務態度に問題はなく、他に懲戒処分を受けたことはなかった。
- 会社は、痴漢行為をした従業員に対する懲戒処分を決定するに際しては、当該従業員が痴漢行為について基礎されたかどうかだけを基準としてた。
- 会社が諭旨解雇処分を行うにあたり、従業員に対して弁明の機会を与えていなかった。
起訴されたかどうかを基準して線引きするというのは、ある意味処分の基準が明確であり選択してしまいがちですが、痴漢行為の具体的な態様や悪質性、従業員の地位、日頃の勤務態度なども考慮の対象とする必要があるということになります。
また、従業員が冤罪を主張するのであれば、少なくとも処分を下す前に弁明の機会を与える必要があるということになります。
冤罪が事実であれば当該従業員を雇用し続けても、その後問題となる可能性は低い一方で、冤罪でなかった場合に、再度当該従業員が逮捕されるようなことがあれば、その時は会社の社会的信用が傷つけられるかも知れません。本当に冤罪かどうかを会社が判断することが難しい以上、会社としては解雇する方向で検討することもやむを得ないと考えられますが、従業員の立場としては冤罪で解雇されることは納得できないというのもその通りなので、このようなケースでは争いになる可能性は高いのではないかと思います。
混んでる電車に乗るのが怖くなる事案ですね。