マイナス金利下の退職給付債務の割引率は3月以降も延長されるようです
すっかり忘れていましたが、2017年3月29日にASBJが公表した実務対応報告「債権の利回りがマイナスとなる場合の退職給付債務等の計算における割引率に関する当面の取扱い」は当面の時限的な措置ということで適用時期が2018年3月30日までに終了する事業年度までとされていました。
経営財務3333号に掲載されていた記事によると、新たにマイナス金利の記載を行った会社が2社あったものの、2016年12月以降10年物の国債金利はプラスで推移していることもあり、全体としてマイナス金利の開示は半減しているとのことです。
とはいえ、7年物以下の金利は概ねマイナスの値となっており、数は多くないものの割引率としてマイナス金利を開示している会社があるのも事実です。
このような状況化で時限措置として策定された実務対応報告の期限がどうなるのかですが、2017年10月26日のASBJの本委員会では、現行の実務対応報告の適用期限を当面の間延長する対応案が提示されたとのことです。
理由としては、現行の基準を前提とすると、マイナス金利を可とする方法、ゼロを下限とする方法ののいずれが正しいのかを判断することができないところ、10年物国債の金利をゼロ%程度で推移する政策がとられていることから、いずれの方法を採用しても退職給付債務の計算に重要な影響を及ぼさないためとのことです。たしかに、マイナス金利が継続している10年未満の国債についても、ほぼゼロに近いマイナスであるためそれほど大きな影響はないと思われます。
ASBJは以下の2つのポイントから退職給付債務の測定の目的が現行の退職給付会計基準において明らかでないとして、2つの方法のいずれが適切かを判断するためには抜本的な退職給付会計基準が必要となるとしているとのことです。
- 退職給付債務は、労働の提供に伴い発生する費用のうち当期までの負担に属する額を負債として計上するものであり、また、当該退職給付債務は、企業により自ら履行されるものであることを踏まえると、その測定においては企業固有の見積りが反映される一方、退職給付債務の割引計算における割引率は、市場で観察される利回りを基礎としており、企業固有の見積りの要素と市場で観察される要素が混在している
- 退職給付債務の割引計算における割引率は、退職給付適用指針第95項では「金銭的時間価値のみを反映させるべき」としているが、その理由は必ずしも明らかではない。また、金銭的時間価値のみを反映させるために信用リスクフリーレートを用いるのであれば、一般に信用リスクが最も低いと想定される国債の利回りを用いることが考えられるが、実際には国債、政府機関債及び優良社債の利回りを用いることとされており、その理由も必ずしも明らかではない
(上記はT&A master No.714 「マイナス金利下の割引率、来年3月以降も現行の取扱い可」より)
一つ目のポイントについては、割引率を市場で観察される利回り以外で合理的に見積もれといわれても、合理的な見積りというのはなかなか難しいと思われますので、割引率については市場で観察される率を用いるしかないのではないかと思います。
一方で二つ目のポイントについては、今まで何故放置しておいて何をいまさらという気はするものの、確かにその通りであります。なお、「金銭的時間価値のみを反映させるべき」という点については、キーワードでわかる退職給付会計においては以下のように説明されています。
退職給付は確実に行われる必要があるため、純粋な時間価値以外のリスクファクターを考慮することは合理的ではないとの考え方があります。これは、「割引計算」を時間的価値を反映するための手続ととらえ、原則として債券に内在する信用リスク等のリスクプレミアムを割引計算に反映させず、純粋な金利要素の変動に伴う部分を対象とすべきとする考え方です。この考え方は、資産だけでなく負債も一種の「公正価値(フェアバリュー)」によって評価する考え方です。
基準の根本的な考え方等については基準等に今後反映されていく方向で改訂がなされていくのではないかと推測されます。実務対応報告の期限延長については反対意見もあったとのことではありますが、上記のような点からとりあえず延長されると考えておいてよいと思われます。