東証一部上場会社で役員報酬の決定をめぐり善管義務違反で株主代表訴訟
T&A master No.756のスコープに「役員報酬額の決定をめぐり取締役の注意義務が問題に」という記事が掲載されていました。
ありそうな話ではありますが、この記事で目をひいたのは上場会社での事案であったという点です。
この事案の概要は以下とおりとされています。
A社の株主総会(平成26年11月期)では、取締役の報酬額の総額を30億円以内とするともに、各取締役への具体的な配分を取締役会に一任することが決議された。そして株主総会では、各取締役が受けるべき報酬額の決定は取締役に委任する旨が決議された。
その後、被告代表取締役は、取締役会決議に基づき平成26年11月期の自身の取締役としての報酬額を14億500万2000円(基本報酬7億7500万2000円、賞与3億3000万円、特別手当3億円)と決定した(以下「本件報酬決定」)。
この報酬額を問題視した原告株主は、被告代表取締役の報酬額が平成25年11月期の8億3400万円から5億7100万円増額されて合計14億500万2000円と定められたことについて、被告代表取締役による善管注意義務違反等によりA社が、その増額分の損害を被ったなどと主張して、被告代表取締役に対して会社法423条1項等に基づきA社に対する会社法423条1項等に基づきA社に対する損害賠償金5億7100万円の支払を求める株主代表訴訟を提起した。
(T&A master No.756)
上場企業は1億円以上の役員報酬をもらっている役員の報酬を個別に開示する必要があり、2018年3月決算会社では538人であったとのことです(東京商工リサーチ調べ)。
東京商工リサーチの調査結果では上位10名の役員報酬額がまとめられていましたが、2018年3月期の第10位が868百万円ですので、約14億円という報酬は上場会社の中でも日本では相当高い部類に入るといえます。
11月決算会社でこのような高額の報酬が支給されていた会社が全く思い浮かびませんでしたが、11月決算会社は数も少なく調べやすいので調べてみると、東証一部に上場している電気機器の会社で、現在は12月決算に決算期変更していることが確認できました。
Edinetでもまだ確認可能な年度なので,株主総会の招集通知を確認してみると、平成25年11月期の株主総会(平成26年2月開催)で「取締役の報酬改定の件」として、取締役の報酬額総額を年額30億円以内(うち社外取締役の報酬総額は年額2,000万円以内)にする旨が決議されていました。ちなみに変更前は、年額10億円以内(うち社外取締役の報酬総額は年額2,000万円以内)で、増額理由は買収等によって取締役が最大20名まで増員される可能性があり、貢献度に応じた報酬を支払えるようにするためと招集通知には記載されています(ちなみに平成25年11月期の総会で選任された取締役は8名)。
報酬枠を株主総会で決議するというのは特に珍しくありませんが、将来的な増員の可能性を示して報酬枠を3倍に拡大する議案に反対した割合がどれくらいであったのかを確認するため、臨時報告書を確認してみたところ、賛成の割合は86.42%となっていました。取締役8名の選任議案については98%~99%の賛成となっていることとの比較からすると、反対票が相当多いといえます。
なお、報酬枠増額の前提として、2号議案で定款変更で取締役の員数の上限を12名から20名に変更するなどの議案については、82.18%とさらに低い賛成割合となっています。
平成26年11月期の有価証券報告書では、役員の報酬等の額又はその算定方法の決定に関する方針内容及び決定方法として「取締役の報酬については、株主総会の決議によって決定した取締役の報酬総額の限度額内において、会社業績等を勘案し、取締役会で決定しております。」と記載されており、報酬等の総額が1億円以上である者の報酬等の総額等として個別開示も行われていることが確認できます。
ただし、有価証券報告書では「賞与」として630百万円とされていますが、上記の記事よれば賞与3億円3000万円、特別手当3億円というのが実態のようです。
原告株主は、「被告代表取締役は合理的根拠に基づかずに自己の報酬を大幅に増額したのであるから、本件報酬決定をしたことにつき善管義務違反があるなどと主張した」とのことです。
平成26年11月の報酬は上記のとおりですが、平成25年11月期(報酬枠10億円)の当該代表取締役の報酬は8億3400万円、前取締役の報酬総額は9億9200万円となっています。なお平成25年11月期も平成26年11月期も取締役の数は8名となっています。
将来取締役が増員する可能性があるなどとして取締役報酬枠を10億円から30億円に改定したはずが、取締役の人数が変わっていないのに一人で約14億円と以前の枠を超えているので、怒る株主がいても不思議ではありません。
東京地裁はまず、取締役会から各取締役の報酬額の決定を再一任された取締役は、具体的な報酬額を決定するに当たり、他の職務を遂行する場合と同様、善管注意義務(会社法330条、民法644条)及び忠実義務(会社法355条)を尽くす必要があり、これらの義務に違反して会社に損害を与えたときは損害賠償義務を負うという解釈を示しました。
その上で、「各取締役の業績や活動実績をどのように評価し、当該取締役に対してどの程度の報酬を支給すると決定するかといったことは極めて専門的・技術的な判断である上、こうした評価・決定により、取締役をどのように監督しあるいは取締役にインセンティブを付与するかといった判断自体、会社の業績に少なからず影響を与える経営判断であるから、取締役会ないしそこから再一任を受けた代表取締役はそうした評価・決定をするにつき広い裁量を有するものと解される」とし、「取締役が上記の評価・決定に当たり適切に権限を行使したか否かは、基本的には、株主総会における取締役の選任・解任の過程を通じて、株主が決すべきものである」ので、「本件報酬決定に至る判断過程やその判断内容に明らかに不合理な点がある場合を除き、本件報酬決定を行ったことについて善管注意義務違反により責任を負うことはないと解するのが相当である」と株主の訴えを退けました。
取締役を選んだのは株主自身だから、報酬決定過程や判断に明らかに不合理な点がなければ善管注意義務違反により責任を負うことはないと言われてしまうと、少数株主の立場では株を売って株主を辞めることくらいしかできることはありませんが、この会社の場合、当該代表取締役は大株主ではなく、平成26年11月期の筆頭株主は金融機関で4%弱の持株比率であり、株主数も1万4000人以上と多かったことから、当該取締役を選んだのは株主自身であるという理屈も理解できます。
仮にオーナー企業で持株割合が大きい場合には、結論も変わる可能性はありうるのではないかと思われます。