自社株式を対価とした株式取得による事業再編の円滑化措置を確認
税務通信3529号に平成30年度税制改正において租税特別措置法の時限措置として創設された産業競争力強化法における特例制度を前提とする自社株式対価M&Aに係る課税の特例制度についての解説記事(「自社株式対価M&Aに係る課税の特例制度の全容と活用方法」)が掲載されていました。使うことがあるかはわかりませんが、引き出しは多い方がよいのでこれを機会に確認しておくことにしました。
自社株式対価M&Aに係る課税の特例制度とは、正式には「特別事業再編を伴う法人の株式を対価とする株式等の譲渡に係る所得の計算の特例」といい、平成30年の「産業競争力強化法等の一部を改正する法律」(平成30年法律第26号)による改正後の産業競争力強化法の自社株式対価M&Aに係る特例制度を前提とするものとされています。
平成30年度税制改正の内容は、「特別事業再編計画の認定を受けた事業者が行った特別事業再編(自己株式を対価とした公開買付けなどの任意の株式取得)により、その有する他の法人の株式(出資を含みます。)を譲渡し、その認定を受けた事業者の株式の交付を受けた場合には、その譲渡(株式の交換)に応じた株主の株式の譲渡損益に係る課税を繰り延べます(措法66の2の2、68の86)」(「平成30年度 どこがどうなる!?税制改正の要点解説」清文社)というものです。
産業競争力強化法上は、事業再編計画と特別事業再編計画の二つが存在しますが、課税の繰延が認められるのはこのうち特別事業再編計画のみとなっています。
課税の繰延べが認められない事業再編計画は何のためにあるのかですが、これは会社法上の規制・責任を回避して、自社株対価のM&Aを可能にすることにあります。すなわち、買収会社が自社株を対価として対象会社の株式を取得する場合、対象会社の株式の現物出資を受けて自社株式を交付するという法律構成となるため会社法上の規制・責任が課せられる可能性がありますが、産業競争力強化法では主務大臣の認定を受けた事業計画に基づき自社株式を対価とするTOBを行う場合には、それらの規制・責任は課せられないとされています。
主務大臣の認定を受けるためには、生産性の向上、商品・役務の構成の変化、商品生産の効率化などが必要とされており、「事業再編の実施に関する指針」において具体的な目標値・基準等が示されていますが、事業再編が「生産性を相当程度向上させることを目指した事業活動」とされているのに対して、特別事業再編は「生産性を著しく向上させることを目指したもの」とされており、より高いレベルが要求されるものと位置づけられます。
自社株対価のM&Aというと株式交換とどう違うのかという疑問が生じますが、株式交換は対象会社での株主総会の特別決議によって反対株主からも強制的に株式を取得することが可能であるのに対して、ここでいう自社株対価のM&Aの場合は、譲渡するか否かは個々の株主の意思によるとされているので、必ずしも完全子会社となるわけではないという違いがあります。
特別事業再編計画の認定を受けて自社株式対価M&Aを実行した場合、上記のとおり課税が繰り延べられることになりますが、具体的には、対象会社の株主については、「譲渡した対象会社株式に係る譲渡対価の金額を譲渡原価の金額と同額とし(個人の場合には、その譲渡をなかったものとみなし)、対象会社株式の帳簿価額(個人の場合には取得価額)を買収会社の株式の取得価額に付け替えることにより、対象会社株式の譲渡損益の計上が繰り延べられる」とされいます。
買収会社では、「対象会社株式の現物出資を受けて自社株式を交付するという資本等取引」と取り扱われますが、特別事業再編計画に係る認定において対象会社の株主数が50人未満であるか否かによって、取得原価の計算方法が異なることになっています。
すなわち、対象会社の株主数が50人未満の場合は、取得価額が「各株主における対象会社株式の帳簿価額(個人の場合には取得価額の合計額」とされているのに対して、50人以上の場合は、「対象会社の前期期末時の簿価純資産×買収会社が取得した対象会社株式の数/対象会社の発行済株式(自己株式を除く)の総数」とされています。
前述の通り自社株式対価M&Aでは、それに応じるか否かは個々の株主次第ということになるので、100%子会社化したいというケースで反対株主がいるケースでは株式交換を選択せざるをえませんが、「対象会社の株主全員の同意を得て対象会社の発行済株式の全部を取得できる場合」に選択の余地が生じます。
株式交換を選択した場合に、税制適格となるのか非適格となるのか、そもそも非適格となった場合に、時価評価対象となる資産がどれくらいあるのか、特別事業再編計画の認定が受けられるのかなどを勘案して、最適と考えられる方法を選択することになりそうです。
最後になりますが、租税特別措置法の時限措置は平成33年3月31日までの間に特別事業再編計画の認定を受けた事業者の行った特別事業再編に係る譲渡について適用されるとされています。