業務手当の割増賃金該当性(固定残業代)が争われた事案
ビジネスガイド2019年7月号に千葉大学法政経学部教授の皆川宏之氏による「実務に直結平成30年度重要労働裁判例」が掲載されていました。
その中の一つに日本ケミカル事件(最一小判平成30.7.19労判1186号5頁)がありました。これは、業務手当の割増賃金該当性がが争われた事案で、事件の概要は以下のとおりとされています。
XはY社の運営する薬局で薬剤師として勤務していた。Xの雇用契約書には賃金について「月額562,500円(残業手当含む)」、「業務手当101,100円」との記載があり、Y社の賃金規規程には「業務手当」を時間外手当の代わりに支給する旨が定められ(本件業務手当)、また、X以外の従業員との間での採用条件確認書には、業務手当が固定時間が労働賃金(30時間)である等の記載があった。
平成25年1月から平成26年3月までの間、Xの1カ月の時間外労働は、30時間以上が3回、20時間台が10回、20時間未満が2回であった。また、Xは毎日の休憩時間については30分間、業務に従事していたが、この時間についてはタイムカード管理がされていなかった。Y社がX社に交付していた毎月の給与支給明細書には時間外労働は時給単価を記載する欄があったものの、これらの欄はほぼすべての月で空欄であった。
休憩時間の労働時間を除くと、上記から会社は、定額残業代が有効と認められるように配慮していたことが窺えます。
1審では、休憩時間とされていた時間の一部を労働時間として算定した未払残業代についてのみXの請求が一部容認されました。
2審では、定額残業代の支払を時間外労働の対価とみなせるのは、①定額残業代を上回る額の時間外手当が発生した場合に直ちに労働者がその事実を認識できる仕組みが備わり、②使用者がその仕組みを誠実に実行し、③基本給と定額残業代のバランスが適切であり、④その他長時間労働による労働者の福祉を損なう出来事の温床となる要因がない場合に限られるとして、本件の業務手当は時間外手当の支払とみなすことはできないと判断されました。
上記2審の判決は、従来言われていた定額残業代が有効とみなされる要件をさらに厳格にした感じの内容ですが、最高裁判決では、労基法37条や他の労働関係法令が、当該手当の支払によって割増賃金の全部ないし一部を支払ったといえるために、上記の2審が判示した事情を必須のものとはしていないと明確に述べられたとのことですので、そこまでは要求されないという理解でよいようです。
この事案では、業務手当が一定時間数の残業代見合いであることが比較的明らかになっていたものと思われますが(30時間相当である点については、他の従業員の採用条件確認書に記載されていたとされているので、時間数の明示という点では弱いと思われます)、あらかじめ通常の労働時間の賃金部分から区別された手当が、時間外労働の対価であると認められるかどうかについて、この判決では以下の基準が示されたとのことです。
ある手当が時間外労働の対価として支払われるものといえるかどうかは、雇用契約に課係る契約書等の記載のほか、具体的な事案に応じ、使用者の労働者に対する具体的な事案に応じ、使用者の労働者に対する当該手当や割増賃金に関する説明の内容、労働者の実際の労働時間等の勤務状況などの事情を考慮して判断すべき
そして、「本件の具体的判断では、Xに支払われた業務手当は、1カ月あたり約28時間分の時間外労働に対する割増賃金に相当し、Xの実際の時間外労働等の状況と大きくかり離していないことが考慮」されているとのことです。
そのため、この考え方からすれば「ある手当が月に約30時間分の時間外労働に対する割増賃金相当額であるときに、恒常的にこれを大幅に超過する時間外労働が行われていた場合には、当該手当の時間外労働対価性が否定される余地があることになります」と解説されています。
見合いの残業時間数を超過した分を残業代として追加で支払っていたとしても、みなし分の手当の対価性が否定されるのだとすると、定額残業代を導入している会社にとっては結構重要な内容ですので、ちゃんと判例を確認して検討した方がよさそうです。