労働基準法上、賃金の一部または全部を外貨で支払うことは可能か?
労政時報3975号の相談室Q&Aに吉村労働再生法律事務所の吉村雄二郎弁護士による「労働者の希望がある場合、賃金の一部またはすべてを外貨で支払うことは可能か」というQ&Aが掲載されていました。なお、この質問は、外国籍の従業員が賃金をドル建てで支払うことを求められることが多くなっており、このような状況において外貨で賃金を支払うことに問題があるかという内容となっています。
労働基準法24条1項で「賃金は通貨で、直接労働者に、その全額を支払わなければならない」とされており、賃金払い5原則とされるものの一つに「通貨払いの原則」があることは多くの方が認識されていると思いますが、ここでいう「通貨」に外貨は含まれるのかが問題となります。
労働基準法および施行規則で「通貨」の定義なんか見たことない気がしましたが、「通貨」は通貨の単位および貨幣の発行等に関する法律2条3項で定義されており、「日本国において強制通用力のある貨幣および日本銀行が発行する銀行券を意味し、外貨は『通貨』に含まれません」(上記Q&A)とされています。
外貨が労基法24条1項の「通貨」に当たらないとすると、通貨払いの例外として認められるためには労働協約によって定める必要があるということになります。労働協約は労働組合がないと締結できないため、労働組合がない会社では外貨での支払いは認められないということになってしまいます。
しかしながら、このQ&Aの回答としては「労働協約または合理的な条件下での労働者の同意により賃金の一部を外貨で支払いことは可能である」と労働協約によらずとも、外貨での賃金支払が可能であるとの見解が示されています。
これは、通貨払いの原則の趣旨が、価格が不明瞭で換価にも不便である現物給与等を禁止し、生活の基盤である賃金を労働者に確実に受領させることにあるなかで、外国籍の従業員にとっては賃金を本国に送金する場合に外貨の方が便利という合理的な理由があること、国際金融が自由化され外国為替取引が普及している状況下においては、外貨であっても事前に適用される為替レートの基準時を明確に定めることにより、交換価値を明確化することが可能であり、換価の不都合もないことが通常であることなどを考慮すると、使用者が労働者の自由な意思による同意を得て賃金を外貨で支払うことは、当該同意をすることに合理的な理由が客観的に存在する限り、通貨払いの原則に反するものでないと解することができるためとのことです。
ただし、賃金の通貨払いの原則の趣旨から以下の点に留意が必要とされています。
- 外貨払いを希望する労働者の申請に基づくこと
- 外貨による支払は賃金の一部に限ること
- 日本円での賃金の確定時期、外貨へ換算する場合の為替レート・基準時をあらかじめ確定すること
- 労働者の申請により外貨での支払いを中止できること
外国籍の従業員とはいえ、日本で生活する以上、全額を外貨で支給するというのはさすがにまずいということのようです。
なお、このQ&Aでは通貨払いの原則の例外として自由意志に基づく合意を認めた判例として、リーマンブラザーズ証券事件(東京地裁 平24.4.10判決 労判1055号8頁)が紹介されていましたので、今度内容を確認してみようと思います。