研究開発費(試験研究費)税制における人件費の専ら要件
令和3年税制改正によって自社利用ソフトウェアの制作に係る研究開発費を税額控除の対象とするための改正が行われ、税務上資産計上されるものであっても、会計上研究開発費として損金経理していれば税額控除可能となる道が開かれました。
自社利用ソフトに係る研究開発費については、これだけクラウドサービスの利用が拡大している状況をふまえればもっと早く手当てしてほしかったという意見も多いのではないかと思うものの、今回の改正はクラウドサービスを提供している事業者にとって基本的に有意義な改正といえそうです。
しかしながら一方で、税額控除の対象となるのかを真面目に検討していくと、人件費の専ら要件が結構ネックとなることがあります。研究開発部門が独立して存在しているようなケースであれば悩む必要はあまりないのかもしれませんが、中小企業ではある従業員が研究開発だけをやっているというわけではないということも多く、そのような場合に専ら要件を満たすと言いにくいということも多いのではないかと思います。
税務通信3675号では「令和3年度税制改正と研究開発・ソフトウェアを巡る諸問題」について誌上座談会が掲載されており、その中のトピックとして「人件費(専ら要件)」が取り上げられていました。
まず、人件費の“専ら要件”は、昭和42年に研究開発税制が創設された当時から付されており、当時は「専ら試験研究の業務に従事する者」とされていたとのことです。これは企業内の独立した研究所内の人件費を予定していたと説明されていましたがが「専ら試験研究の業務に従事する者」というだけでは、研究所の事務職員の人件費も税額控除の対象になってしまうといこともあり、昭和53年の税制改正により、現在の「専門的知識をもって試験研究の業務に専ら従事する者」に改正されたという経緯があるとのことです。
上記のような経緯を踏まえ、成松洋一税理士は「“専ら要件”というのは、人件費の範囲が広がり過ぎるのを抑制する趣旨、あるいは研究開発税制が研究開発の促進・充実を図るということであれば、片手間ではなく、独立した研究所のようなところで腰を据えて試験研究をやっていただきたいという趣旨があるのではないかと思います」と述べられています。
上記に続けて、「“専ら要件”の「専ら」というのは、必ずしも100%ではなくて、80%から90%程度をいうというのが一般的な解釈のようになっていますが、平成15年12月25日に国税庁から「試験研究費税額控除制度における人件費に係る「専ら」要件の税務上の取扱いについて(通知)」という緩和通達が公表されております。試験研究のフェーズのうち、自分の専門分野のフェーズが来たらその段階に1ヵ月程度従事すれば専ら従事しているとみていいですよということです。」としています。
「専ら」としつつも100%でなくてもよく、期間も1ヵ月程度従事すればよいとされているので多少緩い感じはするものの、誌上座談会ではこの要件の判定を行うためには「その者の従事状況を明確に区分することが必要でもあります。この人件費の区分について、実務の世界では非常に頭の痛い問題だと思いますがいかがでしょうか。」という質問が参加者に投げかけられています。
これに対して、独立の研究部門があるような場合には明確であるものの「いわゆるプロダクト部門ではそういう管理ができていません。IT業界では一般的にアジャイル型の開発ということで、プロダクトをリリースして、お客さんの反応を見て、ここは直したほうがいいなということで直して、またアップデートしてまた直してと、微修正しながら開発を行っていくわけですが、一人のエンジニアが開発も保守も運用も行っており、明確に研究開発だけを行っている人間というのはいないわけです。その中で、試験研究に当たる部分を区分経理して台帳を付けるかというと、そこまでやっていないのが実態で“専ら要件”が高いハードルになっています。」という意見が参加者から述べられています。
個人的に全くその通りと感じることが多く、仮にきちんと時間管理していても研究開発プロジェクトの割合が作業時間の70%程度といった場合に「専ら要件」は満たせないだろうというような判断で税額控除を見送るというような判断をすることもあります。
税額控除の対象なので幅広く認めることはできないというのも理解できますが、DXとかその以前のデジタル化、業務の効率化の推進を本当に国として促すのであれば、そのツールを提供する側に時限的にでも税額控除をよりとりやすくするというような政策があってもよいのではないかと思います。