採用以来約30年間にわたる勤務成績・勤務状況の不良を理由とする普通解雇が争われた事案
労政時報第3941号に「実務視点で読む最近の労働裁判例の勘所(平成29年上期)」という特集が組まれており、丸尾拓養弁護士が平成29年上期に判例雑誌等に掲載されたものの中から18の労働裁判例を取り上げていました。
その中の一つにN社事件(東京地裁 平29.2.22判決)があり、この事案では採用以来30年間にわたる勤務成績・勤務状況の不良を理由とする普通解雇が争われました。
より具体的には、「昭和57年に入社以来、極めて低い勤務評定を受け続け、平成10年には退職勧奨を受け、自らの欠点を踏まえて明確な成果を出せるように取り組む旨の決意表明を提出し、同11年には新入社員相当の資格等級まで降級され、その後の勤務成績・勤務状況が不良であり、在籍出向を拒んだことからやむなくなされた解雇」の有効性が争われたものです。
30年も勤務成績・勤怠状況が不良であれば解雇されても仕方がないだろうと思いましたが、見方を変えると、30年間も雇用し続けて何故今解雇なのかという点が問題となりうるということで、「日本の長期雇用システムの結果として、40代、50代の勤務成績・勤務態度不良の労働者を抱えている企業は少なくないが、勤続年数が長期にわたってしまったが故に解雇が難しいと解されがちであった」と解説されています。
そして参照されていたのが「エース損害保険事件」(東京地裁 平成13.8.10決定)でした。
エース損害保険事件は、以下のような事案でした。
Y保険会社の従業員であったX1(勤続27年の53歳)、X2(勤続2年の50歳)の2名が、平成12年8月31日、同年9月14日までに自主退職を勧告され、退職しない場合は、就業規則の「労働能力が著しく低くYの事務能率上支障があると認められたとき」に該当するとして解雇する旨通知され、同日付で自宅待機命令を以後2週間ごとに13回繰り返され、平成12年9月1日から翌年3月16日まで自宅待機とされ、職場への立入りを禁止され、平成13年3月14日に解雇通知と「解雇事由について」という文書を受けたことに対して、地位保全等の仮処分を申し立てたケースで、解雇が無効とされ、賃金仮払いの請求が一部認容された事例。
(全基連 判例検索より)
この裁判の中では、以下のような判断が示されていました。
特に、長期雇用システム下で定年まで勤務を続けていくことを前提として長期にわたり勤続してきた正規従業員を勤務成績・勤務態度の不良を理由として解雇する場合は、労働者に不利益が大きいこと、それまで長期間勤務を継続してきたという実績に照らして、それが単なる成績不良ではなく、企業経営や運営に現に支障・損害を生じ又は重大な損害を生じる恐れがあり、企業から排除しなければならない程度に至っていることを要し、かつ、その他、是正のため注意し反省を促したにもかかわらず、改善されないなど今後の改善の見込みもないこと、使用者の不当な人事により労働者の反発を招いたなどの労働者に宥恕すべき事情がないこと、配転や降格ができない企業事情があることなども考慮して濫用の有無を判断すべきである。
(全基連 判例検索より)
上記のような観点において、N社事件ではどのような判断が下されたのかですが、この点については「長年問題なく勤務してきと認めることは到底できないし、被告としても、原告に対し、その勤務成績が著しく不良であることを感銘付ける努力を行っているとみとめられるから、その解雇に至る手続面でも問題があるとは認められない。(大企業であるがゆえに対応できたという面もあろうが、むしろ、被告は原告が対応できそうな業務をあてがい、可能な限りの改善、教育を行い、その向上を期してきたにもかかわらず、原告は、その能力不足、勤務態度の不良さ故に向上できなかったものであり、被告が、在籍出向等可能な限りの解雇回避措置を尽くしたにもかかわらず、その甲斐なく解雇に至ったというのが本件の実情であると認められる」とされています。
入社15年経過後に新入社員相当の資格等級まで降級されるというのは通常では考えにくいレベルですが、それにしても、これまでよく雇用し続けたなというのが正直な感想です。
この判決に関して、丸尾弁護士は”同一レベルの労働ができない労働者に対しては異なる処遇や雇用保障がなされるべきであるのが「同一労働同一賃金(同一保障)」であろう。「働き方改革」の一側面を基礎づける裁判所の考え方が示されたともいえよう”と述べています。
これが直ちに能力不足による解雇が容易になるということにはならないと思いますが、企業側としては、ある程度のところで見切りをつけないと解雇が行いにくくなる可能性があるという点には留意しておいたほうがよさそうです。