不正の発見は税務顧問契約の善管注意義務の対象か
何度か同じような話題を取り上げていますので、想像するよりも結構あることのようですが、T&A master No.840の特集記事で不正に関連した税理士賠償責任事件が取り上げれられていました。
このケースでは、”原告の元代表者が創業の翌年度から数十万円単位で原告の預金を引き出し(元代表者に対する仮払金で会計処理)、そのほとんどが各会計年度末付近の日付で現金で全額精算(返金)したものとして記帳されてきており、その結果、原告の帳簿上、1億3000万円を超える現金が存在することとされていたが、会計処理は架空のものであった”とされています。
預金ではなく1億3000万円を超える現金が存在したというのは、専門家でなくてもさすがにそれはおかしいと感じるのではないかという状況だと思います。原告は、「税務の専門家として高度な善管注意義務を負担しており、税理士法の趣旨に照らせば、不正を発見した場合にはこれを報告すべき義務を負っていたなどと主張した」とされています。
金額や手法からすると当該税理士は知っていたはずと推測されますが、当該税理士が不正を認識していたのかという点について、「主な争点と当事者の主張」の被告(税理士)の欄に「原告において、創業の翌年頃から頻繁に数十万円単位で原告の預金及び現金が引き出され、原告がこれらの引き出しを元代表者への仮払金として会計処理し、これらの仮払金のほとんどについて元代表者が現金で全額精算(返金)したものとして処理してきたこと、元代表者がそのような処理をした上で現金を横領していたことは認める」とされていますので、当該税理士は横領を認識していたということで間違いなさそうです。
だとすると、税理士に責任が認められそうですが、結論としては、顧問契約において、会計書類の内容を調査・確認し、不審点を明らかにして助言・指導するなどの義務が被古の税理士にあったと解することはできないと判断されました。ただし、所得拡大促進税制の適用を失念して確定申告したことについては善管注意義務違反を認め約650万円の損害賠償を認容したとされています。
上記のような状況で、原告としては納得いかないと思いますが、裁判所は、顧問契約において会計不正の調査義務は明示されていないので、会計処理の基本的事項を超えて、会計処理等から把握される不審点を調査確認し、不正があればこれを是正指導する義務があったと解するのは困難であるし、税理士法2条2項が定める財務に関する事務の中に会計士法2条1項に定められている「財務書類の監査又は証明」業務等が含まれていると一般的に解することはできないと判断したとされています。また、税理士法41条の3(助言義務)については、脱税等の税理士の本来的な業務である税務に関する不正についてこれを認識した場合に助言すべき義務を規定したものに過ぎないとし、会計書類等から把握される不審点を調査確認し、不正があれば是正指導する義務が被告にあったと解釈することは困難であるとしたとされています。
仮に会社側がそのような指導を期待するのであれば、顧問契約書の委託業務の範囲に明示しておくということが考えられますが、税理士としてはリスクが高まるので、そうのような契約に合意するとしてもそれなりの報酬を要求することとなると考えられます。
ちなみに上記のケースでは、顧問報酬は5万円、税務書類の作成及び決算書類作成の報酬として15万円であったとされていますので、当該税理士に多くのことを期待するのは酷という気がします。
元代表者の横領というと問題が大きく見えますが、公私混同が激しい会社のオーナーも珍しくはないと思いますので、そのようなケースでとりあえずの処理を積み重ねていった延長にある話だとすれば、似たような話は結構あるのではないかと思います。
一般的な感覚として、さすがにそれはというレベルであっても、粉飾や不正の発見という点については、契約等で明記されていないと税理士に責任を問うことは難しいと考えておくべきということかもしれません。