過年度遡及修正と各法制度との関係(その1)
平成23年4月1日以降開始事業年度から適用開始となる「会計上の変更及び誤謬の訂正に関する会計基準」(企業会計基準第24号)では、会計方針の変更、誤謬の修正ともに、以下の通り原則として表示される最も古い期間にさかのぼって修正等を行うことが要求されています。
<会計方針の変更>
「表示期間(当期の財務諸表及びこれに併せて過去の財務諸表が表示されている場合の、その表示期間をいう。以下同じ。)より前の期間に関する遡及適用による累積的影響額は、表示する財務諸表のうち、最も古い期間の期首の資産、負債及び純資産の額に反映する」(第7項(1))
<誤謬の修正>
「表示期間より前の期間に関する修正再表示による累積的影響額は、表示する財務諸表のうち、最も古い期間の期首の資産、負債及び純資産の額に反映する」(第18項(2))
この会計基準に従って遡及修正を行った場合、金商法や会社法における開示や手続きとの関係が気になります。特に、会社法の計算書類については、過年度の計算書類が総会で承認されているので、遡及修正した場合に特別な手続きが必要となるのか等が気になります。
法制度の観点からすると、会計方針の変更により遡及修正した場合と誤謬により遡及修正した場合では以下のような点で大きな差異があります。
1)会計方針の変更による場合
過去の財務諸表に誤りがなく、過去における法制度の遵守には何の問題もない
2)誤謬による場合
過去の財務諸表に誤りがあるため、法制度の遵守に問題がある
つまり、会計方針の変更による場合は、過去の財務諸表に瑕疵はなく、遡及修正された過年度の財務諸表は、当期の財務諸表の利用価値を高めるための参考情報に過ぎません。そのため、修正した過去情報を参考情報として開示しなければならないのか、あるいは開示してもよいのかが問題となります。
一方で、誤謬による修正の場合は、過去の財務諸表が法的に問題があるので、それを訂正するために法的な手続きが必要となるのかが問題となります。そして過去の誤謬を訂正した当期の財務諸表を開示する際に、会計方針の変更による場合と同様、参考情報として修正した過去の財務諸表を開示しなければならないのか、あるいは開示してもよいのかが問題となります。
上記のとおり、会計方針の変更による遡及修正と誤謬による遡及修正では法的な性質が大きく異なるため、両者を分けて考えます。
(1)会計方針の変更による過年度財務諸表の遡及修正
①金商法の開示書類との関係
(連結)財規の改正により、財規第6条、連結財規第8条の3において比較情報の規定が新設されています。財規第6条によると、「比較情報」とは「当事業年度に係る財務諸表(附属明細表を除く。)に記載された事項に対応する前事業年度に係る事項」であるので、遡及修正された前期の財務諸表を有価証券報告書等には記載しなければなりません。
この他、会計基準により注記事項とされている事項の開示も必要とされています(財規第8条の3~第8条の3の6、連結財規第14条の2~第14条の7)。
ただし、過去の財務諸表は法的に何ら問題がないため、過去に提出済みの有価証券報告書等の訂正報告書を提出する等の特段の手続きは不要となっています。
なお、前期の財務諸表は比較情報に過ぎないことから、監査人の監査対象の意見の対象は、当期の財務諸表のみとなり、監査意見的には期首残高への影響が正しく処理されていればOKということになります。
②会社法の計算書類との関係
会社法における計算書類と過年度の遡及修正との関係を考えるうえで、計算書類の「確定」という概念を理解する必要があります。
「確定」とは、「会社法上定義されている概念ではないが、計算書類が会社法上の所定の承認手続き(会社法436条、437条、438条1項・2項、439条、441条)を適法に経て剰余金及び分配可能額の計算となることを指す概念として講学上用いられるもの」(過年度遡及処理の会計法務税務 著:新日本有限責任監査法人など)です。
金商法では財務諸表の確定という手続きは特にありませんが、「会社法では、「確定」後の計算書類をもとに剰余金の配当等のさまざな法律行為が行われうるため、適法に「確定」した後に計算書類が変更されることはありえず、また誤謬によって適法性を欠き「確定」していない計算書類は、法的には存在していないのと同じ」(同上)と考えます。
このように考えると、会計方針の変更による遡及修正の場合は、過去の計算書類は法的に何ら問題ないので「確定」した後に計算書類が変更されることはないということになります。
過去時点では何ら問題がなかったにもかかわらず、会計方針を変更し遡及修正したら、過年度において配当可能利益がなかったはずだから、過去に実施した配当が違法配当だ!とか言われたら、やっぱり不合理ですからね。
遡及修正は原則として「表示する財務諸表のうち最も古い期間」の期首残高で累積的影響額が修正されますが、会社法の計算書類は単年度開示なので、当期の期首残残高で修正が行われることになります。したがって、遡及修正済みの過年度財務諸表を作成したとしても会社法上は「確定」済みの過年度計算書類とは異なる単なる参考情報に過ぎないということになります。
このように考えると、遡及修正が行われた場合、前期末残高と期首残高が一致しないことになりますが「確定」の概念のある会社法ではそうならざるを得ません。遡及修正は、前期末残高とは独立して過年度の累積的影響額を期首残高で調整することを認める処理であり、従来のタブーが当然のごとく可能になったといえます。
会社法では、会社計算規則第133条3項において、参考情報として前期の計算書類に係る事項を株主に提供するができるとされているのみであるので、会社法上は、遡及修正済みの過年度の計算書類を株主に提供する義務はありません。
また、仮に遡及修正済みの過年度計算書類を提供する場合であっても、会計監査人の監査報告は、当期の計算書類だけが対象となる(会社計算規則第126条3項)
なお、事業報告における「直前三事業年度の財産および損益の状況の状況」(会社法施行規則第120条1項6号)の開示においても、遡及修正後の過年度の数値としてもよい(同条3項)とされているにすぎません。
直観的には実務上遡及修正した数字が開示されることのほうが多いのではないか考えられますが、その場合、監査役がその数値をきちんと監査しなければならないということになりますので微妙です。
事業報告は会計監査人の監査対象ではなく、金商法ベースの監査を行っている場合であっても実質的に表示される2年分が正しいかしか見ないと思われるので過去3年分を遡及修正しているような場合は残りの1年を監査役がきっちり監査しなければなりません。
そう考えると、過去2年分のみ遡及修正し、注書するというようなことになるのかもしれません。この点については、実務の動向を見守りたいと思います。
長くなりましたので、続きは次回以降にします。
日々成長。