富士フイルムホールディングスが会計監査人の交代を正式に公表
少し前に報道されていましたが、本日、富士フイルムホールディングスが会計監査人を新日本有限責任監査法人から有限責任あずさ監査法人に変更する旨を正式に公表しました。
同社の「公認会計士等の異動に関するお知らせ」において「異動の決定又は異動に至った理由及び経緯」は以下のように記載されています。
当社の公認会計士等である新日本有限責任監査法人は、平成 28 年6月 29 日開催予定の当社第 120回定時株主総会終結の時をもって任期満了となります。これに伴い、現会計監査人の継続監査年数等を考慮し、上記3.の理由により、新たに会計監査人として有限責任 あずさ監査法人を選任するものであります。
「継続年数等を考慮し」の「等」には、報道によれば東芝の不正会計により、投資家から東芝と同じように見られるのを嫌ったということが含まれているようですが、実際どのような影響があるのかは今後の株価の推移を見守りたいと思います。
東芝に限らず粉飾が発覚すると監査法人は何をやっていたんだ!という意見が出てくるのは当然だと思いますし、監査が妥当であったかどうかについては責任の所在をあきらかにする上でも個人的には裁判で白黒つけたほうがよいと感じています。
しかしながら、そもそも会計も含めて適切な経営を行う責任は会社の経営者が負っているものですから、どのような監査が行われていようと、経営者が適切な内部統制を構築し適切な財務諸表を作成していればなんら問題はないはずとも思います。
そのような考え方から見方を変えると、会計監査人を替えるということは何らかの不安を抱えているのかなとも考えてしまいます。
新たな視点で監査が実施されることの効果はあると思いますので、会計監査人の交代も有意義であるとは思いますが、本当にしっかりと監査をしてもらいたいのであれば個人的には会計監査人の交代以外にもやるべきことがあると感じています。
それは監査報酬の増額です。
会社の立場からするとむしろ高いくらいだという意見も聞こえてきそうではあり、被監査会社側の立場で関与しているとそう言いたくなる気持ちもよくわかります。
富士フイルムホールディングスの2015年3月期の有価証券報告書によると、15年3月期の監査報酬の額は提出会社256百万円、連結子会社171百万円で合計428百万円と記載されています。この他、E&Yのメンバーファームに対して監査報酬として679百万円を支払っていると記載されていますで、すべてを合計すると1,107百万円となります。
では米国はどうなのかと試しにXerox Corporationの監査報酬を確認してみたところ、以下のようになっていました。
直近のAudit FeesとAudit Related Feesを合計すると21.4百万USドルとなっています。1ドル100円換算でも2,140百万円となります。売上の金額だけで判断することはできないものの2014年の同社のRevenue合計は19,540百万USドルとなっています。1ドル110円で換算すると2兆1494億円程度で富士フイルムホールディングスの売上合計2兆4926億円に近い規模となります。
監査報酬を米国並みに倍増すれば、監査をする側も単純に2倍の人員を投入することができるようになりますので、監査の実効性が高まる可能性はあります。米国でもエンロンのようなことは起こるわけですし、いままでそれで十分だと判断していたのだから人を増やす必要はないとも考えられますが、監査法人も所詮営利法人ですから監査報酬の水準が投入できる監査資源を制約条件となり、本当はもっとやったほうがよいと思いつつも何らかの理屈をつけて手続きを減らしているというのが実態ではないかという気がします。
ちなみに、東芝はどうだったのかを確認してみると、15年3月期の監査報酬は提出会社506百万円、連結子会社519百万円、メンバーファームへの報酬1,702百万円で合計で2,727百万円となっていました。
約27億円ということで相当高額にも思えますが、東芝は原発からパソコンまで取り扱っていた連結売上高6.8兆円の会社であり、Xerox Corporationの監査報酬の水準と比較すると決して監査報酬が高すぎるということはないと思います。
米国の水準が異常ということもあるので、欧州電機大手のフィリップスのAnnual Reportを確認してみたところ、監査報酬は以下のようになっていました。
2015年のAudit FeesおよびAudit-related feesの合計は20.2百万ユーロとなっています。1ユーロ130円で換算すると2,626百万円となります。同社の売上高は242億4400万ユーロなので、1ユーロ130円で換算すると売上高は3.1兆円程度で東芝の半分程度となります。売上の規模だけで判断はできないものの、原発まで取り扱っていた東芝の監査報酬の水準は世界的な水準からすると相対的に低かったということになりそうです。
監督官庁からすれば、十分な監査手続を実施できないような監査報酬であれば監査を受託するなということになるのだと思いますが、そのようなことで解決するのであれば様々な偽装事件や劣悪な労働状況による事故なども起こることもほとんどないはずですので、現実に目を向けた対応が望まれます。
会計監査に対する意識がほんとうに高い会社ではそんなことはないのかもしれませんが、被監査会社の担当者は監査を面倒なもの位にしか考えていない気がします。少なくとも私は被監査側の立場で関与している場合は、監査早く終わらないかなとか、何時までいるつもりなんだとか、何度同じ事を説明させるんだとか思ってしまいます。
一方で監査を行う側からすると、嫌な顔をされても、こんなにテストしなければならないのかとか言われても、前任の監査人はそんなことしなかったとか言われても、必要な手続きはなんとか実施しようと努力するのが普通です。しかも、被監査会社はお客さんですからあくまで協力をお願いしますという感じで対応しなければなりません。強制調査権を持つ行政機関とは違うという点が世間一般的に正しく理解されているのかは疑問に感じることがあります。
会社の経営者が本当に監査の実効性を高めることを望むのであれば、監査人が実施しようとする手続きを積極的にサポートすることも必要となると思いますが、そのような会社は決して多いとはいえないと思います。会計監査人を交代してみるのもよいですが、それだけでは問題は解決しないと考えるのが妥当ではないでしょうか。