内定者に労働条件を明示すべきタイミングはいつ?
労働基準法第15条1項では「使用者は、労働契約の締結に際し、労働者に対して賃金、労働時間その他の労働条件を明示しなければならない。この場合において、賃金及び労働時間に関する事項その他の厚生労働省令で定める事項については、厚生労働省令で定める方法により明示しなければならない。」と規定されており、さらに労働基準法施行規則5条において明示しなければならない項目が定められています。
したがって、明示しなければならない項目は明らかで、明示すべき労働条件のうち書面で明示しなければならないとされている項目については労働条件通知書を交付することで対応していることが多いと思います。ただ、労働条件通知書の交付を含む労働条件の明示はいつまでに行う必要があるのだろうかという点について、条文では「労働契約の締結に際し」とあるだけで、具体的にどのタイミングで明示が必要となるのかという点については、それほど明確ではありません。
特に新卒採用の場合、内定を出した卒業予定者から入社承諾書等を会社が受領すると、採用内定取消事由に基づく解約権を留保した労働契約が成立したと取り扱われるため(大日本印刷事件)、そうであれば、この段階で労働条件通知書等を交付する必要があるのだろうかという点が問題となります。
もちろん明示すべき労働条件の一部は、採用募集時や会社説明会の際に明示されてはいるはずですが、明示すべきとされている全ての項目を網羅していることも少ないと考えらえます。
この点、「労働契約法」(土田 道夫著 有斐閣)では以下のように述べられています。
労働条件明示の時期は、「労働契約の締結に際して」であるが、その意味は必ずしも明らかでない。職安法5条の3の労働条件明示義務が募集・求人時のものであることを考えると、本条の明示義務は募集・求人以降、労働契約の成立(採用)までに履行されるべきものといえよう。通常の新規学卒者の場合は、採用内定によって労働契約が成立するので、労働条件も採用内定時までに明示すべきことになる。
しかし実際には、内定時に明示されることは少なく、内定後、正式採用時までに就業規則によって明示されることが多い。
上記の考え方に従えば、入社日までに明示が必要とされる労働条件を明示すればよいということになり、個人的には実務的な感覚とマッチしています。一方で、「労働法 第10版」(菅野 和夫著)では「内定と労働条件の明示」として以下の見解が述べられています。
採用内定を労働契約の成立と解すると、労基法上の労働条件明示義務(15条)は、採用内定段階で履行されなければならないのではないか、という問題が生じる。同義務の趣旨からはこれを肯定するほかないように思われる。
上記の見解も理解できるものの、明示すべき労働条件の一つとされている「就業の場所及び従事すべき業務に関する事項」については、内定時には決まっていないことも十分に考えられますので、現実問題として内定時に必要とされる労働条件すべてを明示するのは難しいように思います。
加えて会社側の本音としては、実際に入社するまで(あるいは直前まで)は、内部の規則等を交付したくないといと思いますので、やはり現実問題としては入社日までに明示するという方法となるのではないかと考えられますが、そんな労働条件なら入社しなかったのにといわれかねない条件があるのであれば、内定時に明示しておく必要はあると考えられます。