借換え前後の外貨建借入金の内容に実質的変化がなければ収益認識不要?-個人所得税
T&A master No.685の”借換えに係る為替差損益の認識で初裁決”という記事で気になる裁決事例が紹介されていました。
平成28年8月8日公表裁決で、国税不服審判所が外貨建借入金の借換えに係る為替差損益の収入時期の判断基準が初めて示されたとのことです。
これは法人税ではなく所得税の事案で、争いになったのは、外貨建借入金を複数回借り換えた場合に為替差損益をどの時点で収益認識すべきかという点とされています。納税者である個人は、「金融機関支店から平成21年10月に借り入れた外貨建借入金について複数回の借換え(すべて外貨建て)を行ったうえで平成23年7月に完済」したとされています。
直感的には納税者が完済時に生じた損益を完済年度の所得としていたものを否認されたのかと思いましたが、実際には逆で、課税当局が完済時の年度に当初借入額の円換算額と最終的な返済時の円換算額との差額(差益)を雑所得として判断し、課税処分を行ったとされています。これに対して納税者は、借換え時にも為替差損益を認識すべきと主張したとのことです。
所得税なので、各年度の所得水準によって比較的大きく税率が異なる可能性があり、この事案では完済時が所得税率が高かったのではないかと推測されます。
国税不服審判所が示した判断基準は、「外貨建借入金の借換えの際に計算される為替差損益については、一定の基本的な借入契約に定められた条件に基づき引き続き同一の金融機関に同一の外国通貨で借換えが行われた場合のように、借換えの前後における借入金の内容に実質的な変化がない場合には課税対象としないとする一方で、借換えの前後における借入金の内容が実質的に異なる場合には課税対象として認識すべき」というものであったとのことです。
経済実質に変化がないのであれば課税しないというのは概念的に理解できるものの、内容に実質的な変化がないのに借り換えることがあるのかという点は疑問が残りますが、この事案では「納税者が金融機関の各支店との間で締結した貸付与信枠に係るファシリティー(基本)契約による各条件(限度額・金利の計算方法・担保等)に基づき同一の支店から同一の通貨、同一の金額で行われて」いたとされています。
ちなみに外貨預金等を預け替えした場合の取扱いはどうなっていたかなと確認してみたところ、国税庁の質疑応答事例に「外貨建預貯金の預入及び払出に係る為替差損益の取扱い」というものがありました。
こん質疑応答事例における、質問は「A銀行に米ドル建で預け入れていた定期預金(以下「本件預金」といいます。)1万ドルが満期となったため、満期日に全額を払い出し、同日、本件預金の元本部分1万ドルをB銀行に預け入れました。この場合、B銀行に預け入れた時点で本件預金の元本部分に係る為替差益を所得として認識する必要はありますか。」というものです。
これに対する回答は、「為替差益を認識する必要はありません。」となっています。所得税法施行令第167条の6第2項によると外貨建預貯金として預け入れていた元本部分の金銭につき、①同一の金融機関に、②同一の外国通貨で、③継続して預け入れる場合の預貯金の預入については、外貨建取引に該当しないとされていますが、他の金融機関へ預け入れる場合であるとしても、同一の外国通貨で行われる限り、その預入・払出は所得税法施行令第167条の6第2項でいう外国通貨で行われる預貯金の預入に類するものと解されるとの見解が示されています。
預金と借入は表裏の関係にあると考えられますので、上記事案における審判所の判断はこの質疑応答事例と整合的な回答といえるのではないかと思われます。