のれん償却を再導入せず:IASB予備的見解
1年位まえの”IASBがのれん減損テストの緩和措置を検討するそうです”でASBJのオープンセミナーで、鶯地隆継IASB理事が最近のIASBの基準開発動向として、「IASBが、のれんの会計処理の簡素化のため、減損テストの緩和措置やのれん償却の再導入について検討をすすめ、ディスカッションペーパーの公表を目指すこと等」を報告したということを書きました。ディスカッションペーパーの公表は2019年末を目指しているとのことですが、2019年9月10日に「企業結合に関するより良い情報(better information)―のれんと減損」と題する文書が公表されたとのことです。(経営財務3424号)。
上記の文書は国際会計基準審議会(IASB)理事のトム・スコット氏によるもので,「のれんの償却の再導入は,利用者に対してかなりよい情報を提供する,というものではない」等とするIASBの予備的見解が示されたとのことです。
ただし、この予備的見解については14人中8人の理事しかこの見解を支持しておらず、6人は反対している状況とのことです。賛成理事一人が反対に鞍替えすれば5分の5分となるレベルであり、のれんの再償却導入可能性が無くなったという感じではないと思われます。
このプロジェクト進めるなかで、”ステークホルダーからは「のれんの減損損失は,概して適時に認識されない」という声が聞かれた。「しばしば,キャッシュ・フローの見積りがあまりに楽観的である」ことや,「のれんの減損テストの目的に関する混乱がある」こと等がその理由として挙げられた”とされています。
のれんの減損については、2カ月くらい前の日経新聞電子版「M&A減損、世界で16兆円 金融危機後で最大」という記事では、「2018年度は世界で約1550億ドル(16兆円強)と前年度比で66%増加し、08年の金融危機後で最大となった。」と記載されていました。
将来の見込が悪化すればのれんの減損可能性が高まるため、世界的に景気が減速すれば減損が大きくなるのは会計的には普通のことであるとはいうものの、タイムリーにのれんの減損が認識されているといえるのかという点については個人的にも疑問ではあります。
変化が激しくなっているといわれている近年において、将来の見込を高い精度で見積もるというのはなかなか難しいと考えられます。会計的には、見積りが様々な状況を踏まえて合理的であれば、それ以上できることもないので減損の判断上は問題ないということになると考えられますが、最善の見積であればよいといえるのかは難しいところです。
これは株式投資で考えると、個別銘柄をできる限り検討して最善と思われる株式に投資するのと、指数連動のETFに投資するのとどちらの方法が投資手法としてよい方法なのかというのに似ている気もします。
個別銘柄で勝てるというのが職業的専門家なのかもしれませんが、長期にわたり勝ち続けているファンドマネジャーは少ないといわれることも忘れてはならないと思います。
上記の記事では「のれんは18年度末で約7.2兆ドルと5年前より5割近く増えた。」とされ、「金融市場が荒れたり、企業業績が大幅に悪化したりすれば、M&Aに絡む損失はさらに膨らむ可能性がある。」と述べられていますが、「企業業績が大幅に悪化」する可能性も見積に織り込まれているとすれば、それほど多額の減損が発生することはないともいえ、毎年減損テストを実施しているなかで、多額の減損が発生するということ自体が、いかに理論的な根拠が集められていたとしても見積りがそれほど適切にできていないことを意味するのではないかと思われます。
日本基準ではIFRSとのコンバージェンスにかかわらず、のれんの償却が維持されており、これはこれで何年の償却期間が妥当であるのかという問題はあるものの、のれんを償却した方がM&Aで投資した金額から利益を得ているのかを直感的に理解できるように思われ、経営陣がプレミアを付けすぎたM&Aを行わないようにするのにも有用ではないかと感じています。
IASBの文書では「ステークホルダーからのフィードバックは,この問題に対するより決定的な答えにたどり着くことの助けになる」とのことで、ディスカッションペーパーが公表されのちのコメント募集でどうなるのか成り行きを見守りたいと思います。