トーマスクック社の破綻とKAM
2019年9月に英国のトーマスクック社が破産を申請したというニュースがありましたが、トーマスクック社の監査報告書にどのようなKAMが記載されていたのかというものを分析した記事がT&A master No.810の特別解説に掲載されていました。
トーマスクック社の破綻に関して、粉飾というような話はないようですので、旅行代理店というビジネスが、最近のオンライン予約等によって成り立たなくなったということだと思われます。
直近数年の業績は、6期中3期が黒字、3期が赤字となっていますが、以下のとおり、黒字は小さく赤字は巨額というトレンドでした(円貨はポンド建の金額を各年度の期中平均レートで換算したものとされています)。
2013年度 △32,525百万円
2014年度 △20,034百万円
2015年度 3,517百万円
2016年度 1,329百万円
2017年度 1,734百万円
2018年度 △24,039百万円
トーマスクック社は前述の通り英国の会社で、2016年度まではPwCが、2017年度以降は2016年に入札によってE&Yが会計監査を行っていました。英国では、2012年10月1日以降開始事業年度の監査からKAMが導入されています。T&A masterの記事では、上記の6期において、PwCおよびE&Yがどのような項目を監査報告書に記載していたのかが以下のとおりまとめられていました(記載個数は各期6個から7個となっています)。
<2013年度>
①のれんと繰延税金資産の簿価
②経営者による内部統制の無効化のリスク
③収益認識の不正のリスク
④継続企業
⑤航空機リースとメンテナンス引当金
⑥グループの構造改革プログラムに関連するリスク
<2014年度>
①のれんと繰延税金資産の簿価
②航空機リースとメンテナンス引当金
③個別の開示項目の分類
④継続企業の評価
⑤ホテル前渡金の回収可能性
⑥デリバティブ金融商品の使用
⑦退職給付年金の評価
<2015年度>
①のれんと繰延税金資産の簿価
②航空機リースとメンテナンス引当金
③個別の開示項目の分類
④ホテル前渡金の回収可能性
⑤デリバティブ金融商品の使用
⑥退職給付年金の評価
<2016年度>
①のれんと繰延税金資産の簿価
②航空機リースとメンテナンス引当金
③個別の開示項目の分類
④企業が継続企業として存続する能力
⑤ホテル前渡金の回収可能性
⑥デリバティブ金融商品の使用
⑦退職給付年金の評価
<2017年度>
①のれんの簿価
②繰延税金資産の回収可能性
③個別の開示項目
④航空機リースとメンテナンス引当金
⑤傷病請求に対する引当金とサプライヤーからの関連する回収
⑥不適切な手作業による仕訳入力を通じた経営者による内部統制の無効化の影響を受けやすい収益認識
<2018年度>
①のれんの簿価
②繰延税金資産の回収可能性
③個別の開示項目
④継続企業
⑤航空機リースとメンテナンス引当金
⑥傷病請求に対する引当金とサプライヤーからの関連する回収
⑦不適切な手作業による仕訳入力を通じた経営者による内部統制の無効化の影響を受けやすい収益認識
途中で監査人が変更されているとはいえ、のれんの評価と繰延税金資産の回収可能性はいずれも取り上げられています。その他の項目についても、比較的同じような項目が選択されているものの、状況によって変更されていることが窺えます。
「個別の開示項目(の分類)」というのはIFRSでは細かく定義がされていないため、どのように分類して開示するのかに判断が必要となる上、投資家にとっては重要な情報であるという観点で抽出されている項目のようです。そういった意味では、比較的細かく規定されている日本基準では記載される可能性は低い項目だと思われます。
なお2017年より監査人が交代したタイミングでKAMの項目が比較的大きく変動していますが、この点については2017年の監査報告書に「前年度の監査報告書には含まれていた、ホテル前渡金の回収可能性、退職給付年金の評価及びデリバティブ金融商品の使用並びに継続企業の領域は、KAMとしては取り上げなかった。これは監査上のリスクが高い領域であるということに我々は同意した、重要な経営判断の対象となる領域、または監査で重要な発見があった領域としては評価されなかった」と記載されているとのことです。
一方で、「不適切な手作業による仕訳入力を通じた経営者による内部統制の無効化の影響を受けやすい収益認識」が追加されている理由については、「当法人は、収益を重要な虚偽表示の影響を受けやすい領域とみなしているため、経営者による内部統制の無効化リスクを含む収益認識を、監査上の主要な検討事項として含めた。」と記載されているとされています。
収益認識の妥当性については、日本でも監査上特別に検討を要するリスクとして取り上げられる項目だと思いますので、本当に記載する項目に悩んだ場合には、「当法人は、収益を重要な虚偽表示の影響を受けやすい領域とみなしているため、経営者による内部統制の無効化リスクを含む収益認識を、監査上の主要な検討事項として含めた」というのはアリなのかもしれません。
日本でも2021年3月期からKAMの記載が求められていますので、ヨーロッパの企業を参考に検討してみるとよいかもしれません。