法務省等が押印についてのQ&Aがを公表ー判子はそれほど意味がない?
2020年6月19日に内閣府・法務省・経済産業省が連名で「押印についてのQ&A」を公表しました。テレワークを行うにあたり、書類への押印のために出勤しなければならないというような声が多かったことを受けたものだと思われます。全6問のQ&Aで構成された比較的短いQ&Aですが、主な内容は以下のとおりです。
1.契約書に押印しなくても法律違反にならないか。
「特段の定めがある場合を除き、契約に当たり、押印をしなくても、契約の効力に影響は生じない」と述べられています。多くの方は、争いになった場合にどうなるのかを懸念しているだけで、この点については理解されていたのではないかと思います。
2.押印に関する民事訴訟法のルールは?
民事訴訟法228条4項に、「私文書は、本人[中略]の証明又は押印があるときは、申請に成立したものと推定する。」という既定があることにより、契約書等の私文書の中に、本人の押印(本人の意思に基づく押印と解釈されている。)があれば、その私文書は、本人が作成したものであることが推定されるとされています。
これは、裁判所は、ある人が自分の押印をした文書は、特に疑わしい事情がない限り、申請に成立したものとして証拠に使ってよいという意味であり、文書の真正が裁判上争いとなった場合でも、本人による押印があれば、証明の負担が軽減されることになる。
こう言われるとやはり押印はあった方がよいと考えてしまいますが、これを受けて次の問3になっています。
3,押印がなければ、文書が真正に成立したことを証明できないことになるか。
この問いに対しては、やはり多くの方がそんなことはないだろうと考えるのではないかと思いますが、押印以外の他の方法によっても文書の真正な成立を立証することは可能であり。本人による押印がなければ立証できないものではないと述べられています。
押印によって「本人が作成したものであることが推定される」としても「推定」は「みなす」と異なり、反証によって覆ることがあるので、押印の効果は限定的であるとされています。よって、形式的証拠力を確保するという面からは、本人による押印があったとしても万全というわけではなく、「テレワーク推進の観点からは、必ずしも本人による押印を得ることにこだわらず、不要な押印を省略したり、「重要な文書だからハンコが必要」と考える場合であっても押印以外の手段で代替したりすることが有意義であると考えられる」とされています。
単なる認印であっても、判子がないなどといって多くの人を困らせてきた典型はお役所ではないかという気がしますので、率先して無駄な押印文化を変革してもらえればと個人的には思います。忖度で文書は改竄されるようですし・・・
4.押印がありさえすれば、民訴法第228条第4項が適用され、証明の負担は軽減されるのか
押印をなんとかしたいという意識が強すぎるのか、このQ&Aの質問は極端なものが多いですが、これも多くの方の予想通りだと思いますが、証明の負担が軽減される程度は限定的とされています。
このQ&Aでは「二段の推定」というものが登場します。これは、成立の真正に争いのある文書について、印影と作成名義人の印章が一致することが立証されれば、その印影は作成名義人の意思に基づき押印されたことが推定され、更に、民訴法第228条第4項によりその印影に係る印影に係る私文書は作成名義人の意思に基づき作成されたことが推定されるとする判例のことをそう呼ぶとのことです。
推定の推定なので、「証明の負担が軽減される程度は限定的」というのは直感的に理解できますが、詳細な理由として以下のとおり述べられています。
- 推定である以上、印章の盗用や冒用などにより他人がその印章を利用した可能性があるなどの反証が相手方からなされた場合には、その推定は破られうる。
- 印影と作成名義人の印章が一致することの立証は、実印である場合には印鑑証明を得ることにより一定程度容易であると考えられるが、いわゆる認印の場合には事実上困難が生じうると考えられる。
5.認印や企業の角印にについても、実印と同様、文書の成立の真正について証明の負担が軽減されるのか。
まず、「二段の推定」は、印鑑登録されている実印のみでなく認印にも適用得るとされています。ただし、押印されたものが実印でない(いわゆる認印である場合)には、印影と作成名義人の印章の一致を相手方争ったときに、その一致を証明する手段が確保されていないと、成立の真正について「二段の推定」が及ぶことは難しいと思われるとされています。
さらに、「3Dプリンター等の技術の進歩で、印章の模倣がより容易であるとの指摘もある」と述べられています。
6.文書の成立の真正を証明する手段を確保するためにどのような手段が考えられるか
押印を省略して今後争いとなった場合のことを考えると、このQ&Aで一番役に立ちそうな内容だと思いますが、以下の様に述べられています。
①継続的な取引関係がある場合
取引先とのメールのメールアドレス・本文及び日時等、送受信記録の保存(請求書、納品書、検収書、領収書、確認書等は、このような方法の保存のみでも、文書の成立の真正が認められる重要な一事情になり得ると考えられる。)
②新規に取引関係に入る場合
・契約締結前段階での本人確認情報(氏名・住所等及びその根拠資料としての運転免許証など)の記録・保存
・本人確認情報の入手過程(郵送受付やメールでのPDF送付)の記録・保存
・文書や契約の成立過程(メールや SNS 上のやり取り)の保存
③電子署名や電子認証サービスの活用(利用時のログイン ID・日時や認証結果などを記録・保存できるサービスを含む。)
さらに①、②については、文書の成立の真正が争われた場合であっても、立証を更に容易にする方法の例として以下が挙げられています。
(a) メールにより契約を締結することを事前に合意した場合の当該合意の保存
(b) PDF にパスワードを設定
(c) (b)の PDF をメールで送付する際、パスワードを携帯電話等の別経路で伝達
(d) 複数者宛のメール送信(担当者に加え、法務担当部長や取締役等の決裁権者を宛先に含める等)
(e) PDF を含む送信メール及びその送受信記録の長期保存
今後は、実務上あまりあれこれ考えなくてもよいように電子署名や電子認証サービスの利用が増えていくと推測されますが、導入コストの問題があるので、とりあえずは電子メール等を利用し、上記の(a)~(e)と組み合わせて対応するということを検討するという可能性高そうです。
システム導入を検討する場合は、IT導入補助金2020を活用するということも考えられます。