改正会社法はクローバック条項導入社数を増加させるか?
令和元年改正会社法によって、取締役の報酬等の決定方針について改めてあるいは新規に検討を行っている会社も多いのではないかと思いますが、業績連動報酬に関連して、クローバック条項の導入についても新たに話題にあがるかもしれません。
クローバックとは、「ある役員の就任時あるいは退職後に、不祥事や巨額の損失等の会社に対する不利益が生じた場合、すでに支払った役員報酬を強制的に返還させるルール」(第5版 役員報酬をめぐる法務・会計・税務 田辺総合法律事務所等編 P429)のことです。
海外ではリーマンショックの時に、金融機関の役員が多額の報酬を取得しておきながらまったく返還しなかったことが問題視され、以後クローバック条項を導入する企業が増加しているそうです。また、英国では、2018年改訂版のCGコードにおいて、クローバック条項が原則化されているとのことです。
日本では、そのような条項がなくても何か問題が生じた場合は、一定期間役員報酬を減額したり、返上したりしている事例がみられるものの、クローバック条項を導入している上場企業もでてきています。
現時点で検索してみると社数としては30社程度で、クローバックを導入している企業は規模の大きな会社ばかりというのが現状です。しかしながら、改正会社法によって、取締役の報酬等の決定方針を定める必要が生じたことにより、その検討の過程において、クローバックを導入する会社が増加する可能性も考えられます。
クローバック条項を導入している武田薬品工業は、「クローバック条項を定める旨の定款変更の株主提案を受け、コーポレート・ガバナンスコードに基づき検討したしたようであり、その結果、クローバック条項を導入した」(同上P429)とのことです。
武田薬品工業の2020年3月期有価証券報告書では以下の様に開示がなされています。
当社は、エグゼクティブ報酬返還ポリシー(クローバックポリシー)を導入しました。クローバックポリシーでは、決算内容の重大な修正再表示または重大な不正行為が発生した場合、当社取締役会の独立社外取締役は当社に対し、インセンティブ報酬の返還を要求することができると規定しています。返還の対象となり得る報酬は、タケダ・エグゼクティブ・チーム(TET)のメンバー、取締役会のメンバーである社内取締役、およびその他取締役会の独立社外取締役が特定した個人が、決算内容の重大な修正再表示または重大な不正行為が発生した事業年度およびその前の3事業年度において受け取った報酬の全部または一部です。本ポリシーは2020年4月1日に発行し、2020年度の賞与および同年度に付与された長期インセンティブよりその適用対象となり、以降すべての期間において適用されます。
武田薬品工業以外の事例をいくつかピックアップすると以下のようなものがあります。
三菱ケミカルホールディングス(2020年3月期有価証券報告書)
ニ その他
(略)また、当社は、取締役又は執行役等に重大な不正・違反行為等が発生した場合、報酬委員会の審議を経て、当該取締役、執行役等に対し、執行役の報酬受益権の没収(マルス)又は報酬の返還(クローバック)を請求する場合があります。
三井物産(2020年3月期有価証券報告書)
(vi)無償取得事由(クローバック条項)
上記(iii)の株価連動条件の達成状況に応じた無償取得に加え、取締役が、譲渡制限期間中に法令違反行為を行った場合その他の当社と取締役との間で締結する契約で定める一定の事由に該当した場合、当社は、本株式の全部又は一部を当然に無償で取得します。
野村総合研究所(2020年3月期有価証券報告書)
⑤ クローバック制度等について
過去3年以内に支給した賞与の算定の基礎とした財務諸表の数値に訂正等が生じた場合、当該賞与の全部又は一部の返還を請求することができる制度(クローバック制度)を導入しています。また、譲渡制限付株式報酬制度において、譲渡制限付株式の付与対象者が、法令、社内規程に違反する等の非違行為を行った又は違反したと取締役会が認めた場合は、付与した株式の全部を無償取得することができる条項(マルス条項)を、譲渡制限付株式割当契約書にて定めています。
上記の事例からすると、クローバック条項の対象となるのは業績連動報酬部分であるというのが一般的のようですので、業績連動報酬についての方針を決定する上で、導入するか否かを検討する余地があります。
ただし、CGコード対応の一環として、株式報酬などの業績連動報酬を導入した会社では、固定報酬部分を減額して一部を株式報酬にするというようなケースも多く、このような場合にクローバック条項を導入するのは単に取締役の責任を過重するだけのような気はしますが、従来の固定報酬にプラスして業績連動報酬を導入するというようなケースでは、クローバック条項とセットで導入することにによって株主に対して説明がしやすい制度となるのではないかと考えられます。
なお、上記の会社の他、社名だけピックアップすると、横川電機、燦ホールディングス、TDK、りそなホールディングス、群馬銀行、テルモ、パーソルホールディングス、T&Dホールディング、ソフトバンクグループ、ニフコ、三菱UFJフィナンシャルグループ、ヤマハ、リクルートホールディングス、日本板硝子、セイコーエプソン、オリンパス、丸井グループ、セブン&アイホールディングス、Jフロントリテイリング、積水ハウス、アサヒグループホールディングス、ユニチャームなどで導入されているようです。
2021年3月期以降の有価証券報告書が出揃ったあたりでまた確認しようと思います。