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「為替デリバティブ取引のトリック-リスクヘッジを謳った偽りの金融商品」(佐藤哲寛 著)

以前、”デリバティブ契約の押し売り?”というエントリで触れましたが、中小企業が倒産に追い込まれるような為替デリバティブ取引の実態について書かれた「為替デリバティブ取引のトリック-リスクヘッジを謳った偽りの金融商品」という書籍を書店で見つけて読みました。

まず最初に興味深かったのは、問題となっている為替デリバティブが「銀行版過払い金請求事件」として銀行を襲うことになるかもしれないとし、「実際に、ADR(裁判外紛争処理手続)の場で、為替デリバティブ取引によって発生した損害の大半を銀行が負担すべきというあっせん案が提示され、そのあっせん案を銀行は密かに受け入れています。」(P-18)とされていた点です。この大半というのは、同書の後半で「筆者が関与した相談事例」で述べられていた事例では、ADRで銀行の過失負担割合を7割認めさせた事例が記載されていました。

上記の事例に簡単にまとめておくと、年商十数億円、経常利益率10%超、借入金は付き合い程度というの優良食品加工メーカーが、数年前に取引銀行の担当者から「貴社は間接的に為替の変動リスクを負っているので通貨オプション取引を導入したほうが良い」という提案を受け、その際に「非常に儲かる取引なので、特別な顧客にしかご提案していない」という説明を受けたそうです。ちなみに、間接的に為替リスクを負っているとは、同社が輸入取引を商社経由の円建て取引で行っていたため、直接的には為替リスクは負わないが、輸入取引がある以上「間接的に」為替リスクを負っているという理屈のようです。この理屈については、そもそも商社が為替リスクをヘッジしているはずなので、さらにヘッジする必要性はないはずという点については筆者も述べていました。

そして、同社の社長は商品内容が複雑で理解できなかったものの、銀行が変な商品を進めるはずはないと銀行を信用して2007年春に通貨オプション契約を締結し、2009年頃からこの契約による損失が急に拡大し始めたそうです。そこで銀行に中途解約を依頼したものの、解約金額が非常に高額であり、根拠を聞いても本部が決めたことだからと解約金額の根拠も提示してもらえなかったそうです。その後、金融取引の専門家と弁護士に相談し、調べてもらったところ当該デリバティブ取引は、デリバティブ取引経験がない会社にとって理解が困難な複雑な構造になっていたうえ、銀行が作成した書類にもいくつか誤りがあることが発覚したそうでう。そのうちの一つが、損失リスクにかかわる表記の間違いで、本来円高になった場合に会社に損失が生じるのに、円高時に利益が得られるという説明が提案書に記載されていたというものです。
その後、ADRでの解決に対して銀行の同意も得られたので、ADRを申し立てたところ銀行は「A社の主張を真っ向から否定した上で、取引のリスクを十分に説明し、A社社長に納得していただいたうえで契約締結した。リスクの確認書にA社社長の捺印があるのが証拠だ」という主張しましたが、会社側は「リスク説明に関する重大な誤りが修正されないままになっていること自体、提案書の記載内容を丁寧に示しながら説明するような機会が全くなかった照明である」という反論をしました。
最終的には、会社が側の主張が受け入れられ、損害の7割を銀行が負担するというあっせん案が示され、銀行はそれを受け入れたとのことです。

複雑なデリバティブ商品については、銀行員であっても内容を本当に理解しているのかは疑問で、それゆえ提案書の基本的な誤りにも気づかないということもあり得るのではないかと思います。監査等で会社がオプション取引を行っていて、「これはどういう取引なのか?」と質問すると、「為替予約と同じようなものと説明を受けています」というような曖昧な回答が返ってくることがあります。為替予約と同じであれば、為替予約にすればよいところオプション取引にしている理由があるわけですが、それを理解せずに契約を締結してしまっているということは多々あるようです。

問題となっているデリバティブ商品の特徴として同書で取り上げられていたのは、以下のような特徴です。

①ゼロコストオプションである(契約時にオプション料の受払が生じない)

②ノックアウト条件が銀行の損失を限定する方向にだけ設定されている(つまり、会社の損失は非常に多額になりうる)

③コールオプションとプットオプションが1:1ではなく、プットオプションがコールオプションの2倍あるいは3倍で商品設計されている。これは、コールオプションの行使価格を魅力ために見せるため、会社側がより多くのプットオプションを売却することで、その代金と等しい有利な条件(よりオプションの価値が高い)のコールオプションを設計するためです。

④一定の為替レートを境に損失が急拡大するギャップレートが織り込まれている

同書の中で、「為替デリバティブ商品をつくってみる」という章で、1回の取引金額10万ドル、3カ月ごとの20回決済(5年)、銀行のマージンを2000万円としてデリバティブ商品ができていく過程が示されていました。その時点の通貨間の金利差やボラティリティによって変動するので、評価基準日を2007年3月30日としている当該ケースが現時点でも同様の結果になるわけではありませんが、何の特約もない通貨オプションの場合、評価基準日の為替レート1ドル=118円に対して、オプションの行使価格は117.23円という設計になっています(繰り返しになりますが、当時の日米の金利差は1ヶ月で約4.8%、5年で約3.6%もありましたので、現時点とは状況が異なります)。

これが、レシオを2倍に設定すると行使価格が109.14円、3倍とすると105.5円となり、銀行の損失を制限するノックアウト条項を設定すると102.91円になります。さらに、判定価格に達したら1ドルにつき10円会社が支払うというギャップレートを組み込むことで行使価格を98.5円とする商品が完成するという過程が示されています。

その時点での為替1ドル=118円に対して行使価格は20円近く低い98.5円ですから、相当有利な条件に見える商品だといえます。しかしながら、上記の過程で明らかなように、会社の損失を大きくする可能性がある特約を組み込むことによって作られた商品であり、金融工学的に合理的と考えられる価格をベースに設定されていることからすれば決してお得な商品ではなくリスク相当の価格の商品にすぎないということになります。むしろ、金融工学的に合理的と考えられる価格に、銀行の手数料が乗っている分、会社の不利な結果となる確率の方が高くなるはずです。

投機目的でなければ、複雑なデリバティブには手を出さないというのが無難でしょう。

上記の書籍は1年位前に出版された本ですが、「弁護士が教える 本当は解決できる為替デリバティブの被害」(弁護士法人アディーレ法律事務所)という書籍も最近発売されており、中小企業のデリバティブ問題は、まだまだ進行中といった感じがします。「弁護士が教える 本当は解決できる為替デリバティブの被害」も書店でぱらぱらとめくってみましたが、字が少なくすぐに読めてしまいそうな感じの本となっています。取り上げられている項目については、「為替デリバティブ取引のトリック-リスクヘッジを謳った偽りの金融商品」と類似しているようでしたが、弁護士ならではの見解が示されているのかもしれません。
いずれにせよ、消費者金融の過払金請求から「銀行版過払い金請求事件」への動きが本格化してくるのかもしれません。

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