必要な資料の提出を促せば注意義務を尽くしたことになる?
以前、”記帳代行受任も当座勘定照合表の確認義務はなし-東京地裁”で取り上げた事案の高裁判決がT&A master No.797で取り上げられていました。
はじめに、この事案の概要を再度確認しておくこととします。納税者(協同組合)と税理士の顧問契約において、会計帳簿の記帳代行と月次試算表の作成作業が含まれており、当初は税理士が試算表の作成に当たって当座勘定照合表との突合せを行っていたものの、当該当座預金口座から約2000万円を横領していた経理担当者から当座勘定照合表が提示されなくなった後は、当座勘定照合表との突合せをおこなっていませんでした。納税者は、税理士が当座勘定照合表を確認する義務を怠ったことにより、横領の発見が遅れたなどとして、税理士に損害賠償を求めました。
一審では、会計帳簿の記帳代行を受任しただけでは、一般的に税理士が記帳代行の際に原資料等と突合する義務があるとまでは言えないとして納税者の請求を棄却していました。
これを不服とした納税者は控訴しました。前回も記載しましたが、専門家に対する依頼者の期待水準としては、当座勘定照合表との突合くらいはやってもらいたいと考えるのが一般的かなという気はしますので、納税者が控訴したという気持ちは理解できます。
しかしながら、結論としては、高裁においても納税者の控訴は棄却されました。理由としては、「税理士は会計帳簿の記帳代行業務等を遂行するに当たり、納税者から提供された資料により事務処理をするほかないから、納税者から適切な資料が提供されないときは経理担当者に対して必要な資料(本件の場合は当月分の当座勘定照合表)の提出を促すことをもって注意義務を尽くしたことになる」(T&A master No.797)ためとされています。
ただし、一方で、「本件のように記帳作業のうち振替伝票作成までを納税者の経理担当者が行う場合は、単に経理担当者が作成した振替伝票を会計帳簿に転記するだけでは足りず、振替伝票作成の基礎となった原資料等と照合するなどして、振替伝票の記載の妥当性・正確性を確認すべき契約上の義務を有すると判断した」とされています。
会社経理担当者が作成した振替伝票を、何のチェックもせずに会計帳簿に転記するというのは、パンチャーの仕事と同じということなので、振替伝票の記載の妥当性・正確性を確認するというのは専門家として当然要求されることだと思いますが、上記の理屈でいくと、月次試算表の作成作業も契約の範囲に含まれているので、最終的に完成した月次試算表の現預金が通帳等の記録と合っているかを確認するくらいの義務はあるということだと考えられます。
ただし、納税者から適切な資料が提供されないときは専門家といえどもどうしようもないので、経理担当者に対して必要な資料の提示を求めれば注意義務は果たしたものと取り扱ってもらえるということのようです。そういった意味で、税理士としては必要な資料を依頼した記録はきちんと残しておくということが重要となると思われます。
もっとも、当座勘定照合表は送付されてきたものを提示するだけなので、提示されなくなったままの状態が継続することを不自然に感じなかったのか(なんとなく不自然に感じつつも放置したのではないか)、経理担当者の上司にあたる人に報告(あるいは依頼)するということはできなかったのかなどという疑問は残りますが・・・