東京地裁が示した監査法人脱退時の持分払戻額の算定方法とは?
T&A master No.895の特集記事に「東京地裁が監査法人脱退時の持分払戻額の算定方法示す」という記事が掲載されていました。
この事案では、無限責任監査法人の社員であった会計士(原告)らが監査法人を脱退した際の持分の払い戻しの金額が争われており、2021年6月24日に東京地裁が判決を下したとのことです。
結論としては、「脱退に伴う持分の払戻しについては、脱退時における監査法人の財産価額(脱退時財産額)に、脱退時における脱退社員の持分割合(脱退時持分割合)を乗じることにより算定される額を持分払戻額とするのが相当であるとの判断」を示したとのことです。
当然ではありますが、脱退した会計士らはより多くの金額となることを求め、監査法人側はより少ない金額となるような主張を行ったので、両者の主張は最低限にとどめ、裁判所の判断を中心に確認しておくことおします(上記の記事では、主な争点と両者の主張、裁判所の判断がまとめられていますので、興味のある方はご確認頂くとよいと思います)。
前提として、会計士らが脱退した当時、この監査法人の定款には持分払戻の算定方法の定めはなく、原告が脱退直後に開催した社員会において脱退社員に対する持分の払い戻しをその出資時の出資金額を限度とする旨の定款変更を行ったとされています。
裁判所は、「公認会計士は脱退に伴う持分の払戻しについて、脱退社員と監査法人との間の財産関係の清算という観点から、監査法人の純財産額に占める脱退社員の有する出資による分け前の払戻しを想定しているとの見解を示した」とされ、「持分払戻額の算定方法については、脱退時における監査法人の財産の価額(脱退時財産額)に、脱退時における脱退社員の持分割合(脱退時持分割合)を乗じることにより算定される額を持分払戻額とすることを原則としつつ、基本的に監査法人が定款で自律的に定めるところに委ねられているものとした」とのことです。
このケースでは、上記の通り脱退時に定款の定めがなかったため、裁判所は原則に従い「脱退時における監査法人の財産の価額に、脱退時における脱退社員の持分割合を乗じることにより算定される額を持分払戻額とするのが相当である」と判断したようです。
では、定款の定めではなく、原則通りに計算する場合に具体的にどのような計算になるのかですが、まず計算の基礎となる財産の評価額については以下のとおりとされました。
「持分計算の基礎となる法人財産の価額の評価は監査法人としての事業の継続を前提とし、なるべく有利にこれを一括譲渡する場合の価額とすべきものと解するのが相当である(最高裁昭和44年(オ)第551号同年12月11日第一小法廷判決・民集23巻12号2447頁参照)」とし、簿価純資産額が相当であると判断したとのことです。
次に、持分割合については「脱退時持分割合については監査法人の社員の出資金額及び社員に属する損益を基礎とした持分割合」とするのが相当と判断したとのことです。具体的には、”「脱退時の全社員の出資金額+脱退時の全社員に属する損益の額」を分母とし、「脱退時の脱退社員の出資金額+脱退時の脱退社員に属する損益の額」を分子とする比率によることとし、「脱退時の全社員に属する損益の額」については、社員であった期間中の期ごとに、「当該純損益×当期末での(脱退社員の出資金額/全社員の出資金額(資本金))」との計算式により算定した損益の合計額から、脱退社員の利益配当請求による払戻額を控除した金額とすると解するのが相当であるとした”とのことです。
上記の計算方法は、何らかの基準で払戻額を計算しなければならないという場合においてはリーズナブルな計算方法だと思います。定款にきちんと定めておけばよかったわけですが、特に小規模な監査法人は仲間内で設立されることも多く、将来争いになることを想定していないようなケースもあると思われます。
金融庁の令和3年モニタリングレポートによると、2021年3月末時点で258の監査法人が存在するとされており、過去5年にわたり徐々に増加しています。この中には、上記で争いとなった監査法人と同様に出資の払い戻しについて定款の定めがない法人があるかもしれませんので、これを機に見直してみる必要があるかもしれません。