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上場会社監査事務所名簿開示差止請求を差戻(最高裁)

T&A master No.861に”財務諸表に重要な虚偽表示のリスクあり”という記事が掲載されていました。これは、日本公認会計士協会による上場会社監査事務署名簿への登録が認められなかったことが、同協会のホームページに開示されることが名誉毀損に該当するとして公認会計士らが開示の差止を求めた裁判です。

結論として、2020年11月27日に最高裁は、公認会計士の主張を認めた原審の判断には法令違反があるとして原審に差し戻す判決を下しました。

この事案の判決は、裁判所の判例検索に判決文が掲載されています。

この事案で問題となっているのは、上場会社であったグローバル・アジア・ホールディングス株式会社(2015年9月12日上場廃止)の監査に関してで、同社は監査の当時以下の様な状況にあったとされています。

(判決文より)
本件会社は,本件監査の以前から,連続して営業損失を計上し,営業活動によるキャッシュ・フローがマイナスとなるなどしていたほか,1億円程度を現金で保有することが常態化していた。被上告人らは,本件監査において本件会社の現金預金につき特別な検討を必要とするリスクを識別し,現金勘定の出入金記録の確認のため,現金元帳と通帳及び領収書等との突合を上記事業年度のうち約5箇月半につき実施するなどした。また,被上告人らは,上記事業年度の末日を基準時とする銀行に対する本件会社の預金残高確認を実施した。もっとも,本件会社が被上告人らに対して上記現金の所在を明らかにしなかったため,被上告人らは,現金の実在性の確認(以下「現金実査」という。)を上記事業年度の末日である平成26年3月31日までに実施することを予定していたにもかかわらず,これを予定どおり実施することができず,同年5月及び6月にようやく実施することができた。その上で,被上告人らは,上記財務諸表につき無限定適正意見を表明した。

1億円程度の現金があるものの所在は教えられませんという状況で代替的手続を実施すればよいというものなのかという点がそもそもの疑問ではありますが、高裁では、以下のように判断し、開示請求の差止を容認していました。

(判決文より)
被上告人らは,本件監査において,本件会社の現金預金につき,監査対象事業年度末時点における現金実査及び預金残高確認等の通常の監査手続を実施し,かつ,念のための特別の手続として,監査対象期間の一部につき現金元帳と通帳及び領収書等との突合を実施しているのであり,上記突合を監査対象期間の全部につき実施すること等が現金預金についての監査手続として実効的であるとはいえず,品質管理の基準において,その実施が必要とされているとはいえない。したがって,被上告人らは,本件監査において,監査意見を形成するに足りる十分かつ適切な監査証拠を入手するための監査手続を実施しているといえ,被上告人らにつき基準不適合事実に該当する事実があるとはいえない。

「監査対象期間の一部」とした理由などがよくわからないのでなんとも言えませんが、前述の状況を踏まえると、突合期間を通常よりもかなり長めに設定すべきと考えられますので、高裁ではそのように考えても十分な期間、十分な手続を実施した判断したということなのでしょう。

これに対し最高裁は以下の様に判断しています。

(判決文より)
前記事実関係等によれば,本件会社は,本件監査の以前から,連続して営業損失を計上し,営業活動によるキャッシュ・フローがマイナスとなるなど財政的安定性や収益性に問題があるというべき状態にあり,かつ,1億円程度に上る多額の現金を保有することが常態化していた。また,被上告人らは,本件会社が上記現金の所在を明らかにしなかったために,本件監査の対象事業年度末に予定していた現金実査を行うことができなかった。これらの事象等は,不正な財務報告若しくは資産の流用につながり得るもの又はこれらの兆候を示すものといえ,本件監査において財務諸表における重要な虚偽表示のリスクを識別すべき要因に当たることが明らかなものであったといえる。そうすると,前記のリスク・アプローチの考え方に照らせば,本件会社の監査人は,上記事象等のため重要な虚偽表示のリスクが高く,かつ,現金等に関して特別な検討を必要とするリスクがあると評価した上で,監査意見を形成するに足りる十分かつ適切な監査証拠を入手するために,現金等に関する上記リスクに個別に対応した実証手続を実施するとともに,必要に応じて内部統制の整備状況を調査し,その運用状況の評価手続を実施するなどして,上記事象等による高いリスクに対応した監査手続を実施することが品質管理の基準において求められていたというべきである。そして,現金元帳と通帳及び領収書等との突合は,現金等に関し,財務報告の正確性やその流用の有無等についてリスクが識別されている場合における上記リスクに対応した監査証拠を入手し得る実証手続ということのできるものである。
以上に照らせば,被上告人らにつき基準不適合事実に該当する事実があるか否かは,被上告人らが実施した監査手続が,上記突合を監査対象期間の一部に限定して実施したこと等において,現金等に関する特別な検討を必要とするリスクに個別に対応したものであり,上記事象等による高いリスクの下で十分かつ適切な監査証拠を入手するに足りるものであったといえるか否かの点を,上記の限定の理由等を勘案して検討して判断すべきものと解するのが相当である。
したがって,上記の点を検討することなく,被上告人らにつき基準不適合事実に該当する事実があるとはいえないとした原審の判断には,判決に影響を及ぼすことが明らかな法令の違反がある。

要は、高裁では認識していたリスクに対して適切な手続であったのかという点が検討されていないということだと考えられます。

この判決では補足意見が二つ記載されており、一つ目のポイントは「品質管理委員会の決定については,その専門性,独立性を踏まえた知見に基づく判断として,その合理的な裁量が尊重されるべき」というものです

二つ目は、「監査対象期間の全部について証憑突合を行うことが現金預金の監査手続として「実効的でない」という原審の見解には看過し難い誤謬があるといわざるを得ない。けだし,確かに監査の対象となる財務諸表が貸借対照表だけであれば期末の現金実査等だけで現金預金に関する財務諸表上の記載の正確性を確認し得るかもしれないが,金融商品取引法上財務諸表に含まれる会計書類は貸借対照表だけではないからである。」として、CF計算書について以下の様に述べられています。

特に,平成10年代に財務諸表に加えられたキャッシュ・フロー計算書は,監査対象期間全部におけるキャッシュ・フローを「営業活動によるキャッシュ・フロー」と「投資活動によるキャッシュ・フロー」と「財務活動によるキャッシュ・フロー」に分類した上でそれぞれの正味合計額を示すものであるから,その記載の正確性を監査するためには全期間に対しての証憑突合を行うことが確実で有効な監査方法であることは明らかであり,期末の現金実査等だけで記載の正確性を常に監査できるとは考え難い。

CF計算書作成のために全期間に対しての証憑突合を行うという発想はありませんでしたが、そういった見解もあるのだなと思いました。

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